約 1,012,679 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1272.html
愁いを帯びた顔の人は、首都から港へと街道を歩き。 甲冑や武器を背負った男達は港から首都へと歩いている。 街道の流れに取り残されるように、一組の男女が壊れた建物を見上げていた。 フードを被り顔を隠した女性は、建物の内部をのぞき込む。 そして髭面の大男は、放心したような顔のまま、こう呟いた。 「こりゃあ、どういうこった」 アルビオンの首都、ロンディニウムの大通りのはずれにある建物は、木の骨組みに石の壁という、単純で丈夫な作りのものだった。 木の骨組みに残る焦げ跡、内側に向けて崩された石の壁、この建物は明らかに何者かによって破壊されている。 大男は無言で建物の中に入る、天井を見上げると空が見えた。 二階建てだったであろうこの建物は、天井も二階も無くなっており、燦々たるありさまだった。 酒場として作られていたのか、カウンターらしきものがかろうじて原形を留めている。 髭面の男は、カウンターの後ろに回り込み、何かをごそごそと探し始めた。 もう一人の女性は周囲の様子を見る、すると、街道沿いの建物が何軒か列をなして崩れているのが見えた。 その女性は背中の大剣を少しだけ引き抜くき、剣に向かって話しかけた。 「デルフ、どう思う?」 『壊れてんのはこの酒場だけじゃない、建物の崩れ方も不自然だ、こいつは何かあるぜ』 「何かあるなんてのは分かってるわよ、この壊れ方に心当たりが無いか聞いてるの」 『…ドラゴンが力尽きて、滑空しながら墜落したとか』 「なるほど、それなら考えられるわね」 デルフリンガーの言うとおり、何かが建物の屋根を引っかけて墜落したようだ。 周囲の建物を見ると、壁はよりも屋根の損害が酷いように見えるので、おそらく想像通りだろう。 そういえば、髭面の男は壊れた建物の中で、何をしているのだろうか? 壁がある程度残っているので、外から中の様子が分からない。 「何か捜し物?」 そう言って建物の中に入ろうとすると、奥から慌てたように男が叫んだ。 「来るな! 街道沿いにもう一件酒場があるんだ、俺はちょっと捜し物をするから、先に行っててくれ!」 『ルイ…石仮面の嬢ちゃん、あんな事言ってるけど、どうすんだ?』 石仮面と呼ばれた女性…ルイズは、思案する様子もなく「先に行くわ」と呟き、王城に向かって街道を歩き始めた。 男の言った通り、街道沿いに大きな酒場があった。 酒場の中に入ってみると、傷だらけの軽装鎧や、顔や体に傷のある男達がたむろしており、お世辞にもいい雰囲気とは言えなかった。 ルイズは空いている四人がけの席に座る、すると、体格のいい給仕が注文を取りに来た。 「前払いでお願いします、ご注文は?」 「特大スペアリブ、生で」 「生?…血の滴るようなレアですね、すぐ出来ます」 ついつい生でと言ってしまったが、給仕は勝手にレアだと誤解してくれたので、少しだけほっとした。 背もたれに体を預けてしばらく待つと、給仕がテーブルに料理を措いた。 四人がけのテーブルを埋め尽くすほどの皿に、これまた巨大な肉の塊が乗っている。 壁に掛けられたメニュー表を見ると、小さな文字で『五人前です』と書かれていた。 (オークの頭ぐらいかな…) 食欲をなくすような例えだが、ある意味的確だと思えるほど大きい。 それをルイズは手づかみで食べ始めた。 テーブルに措かれたナイフとフォークは使わず、手で肉をちぎり、骨を割り、口に放り込んでいく。 山のような肉と骨の塊はみるみるうちに減っていった。 ルイズをからかってやろうと考えていた荒くれ者達は、ゴリゴリと骨が砕ける音を聞き、背筋に寒いものを感じ元の席へと戻っていく。 周囲からの奇異の視線に気づいたルイズは、フードを深く被り直した。 ルイズは心の中で呟く。 (やっぱり量が多かったかなあ…) デルフリンガーも心で呟く。 ( ( そういう問題じゃねえよ! ) ) 料理を食べ終わると、給仕がおそるおそる皿を回収しに来た。 ルイズはワインを頼むと、出てきたグラスに驚いた。 荒くれ者が集う店にしては不釣り合いなほど上等なワイン、そして、シンプルかつ上品なグラスだった。 先ほどまでルイズを遠巻きに見ていた男達は、ルイズがフードを下ろし、ワインを飲む姿を見て、先ほどとは違った驚きを感じていた。 オーガのような女性を想像したが、フードの中から出てきたのはまだ顔の幼い女性ではないか。 しかもワインを飲む姿が妙に上品で、様になっている。 もっともついこの間まで貴族としての英才教育?を受けていた身、当たり前といえば当たり前の事だが、それを知る者はここには誰もいなかった。 ギィー、と扉が開かれ、酒場に一人の男が入ってくる。 2mはある背丈と、乱雑なひげを蓄えたその男は、どすどすと足音を立ててルイズの隣へと歩いていった。 「悪ぃ、遅れちまった」 髭面の大男がルイズの隣に座ったのを見て、客達がざわめく。 時折『殺されるぞ』『食われちまうんじゃないか』とか、かなり失礼な言葉も聞こえてくる。 しかし、それ以上に驚かされたのは、ルイズとこの男が親しげに話しているという事実だった。 「もう食べちゃったわよ、あんたもワイン飲む?」 「いいのかい姉御?じゃあ俺も貰おうかな」 「ちょっと、姉御っての止めなさい、あと、グラスをそんな握り方するのは下品よ」 「そ、そうか?」 「こう持つのよ…こう」 「ややこしいナァ」 その場にいる男達は、皆揃って『美女と野獣』という何処かの国の童話を思い出した。 が、すぐにそれを撤回し『美女っぽい野獣と野獣』というタイトルが頭に浮かんだという。 しばらく他愛ない話をしていると、一人の男が近づいてきた。 「な、なあ、ブルリンじゃねえか?」 ブルリンに話しかけた男は、頬が裂けたような傷痕を持っていた。 「ジョーンズ!おお、ジョーンズじゃねえか!」 どうやらブルリンの知り合いらしい。 ジョーンズと呼ばれた男がブルリンに耳打ちすると、ブルリンはルイズに「ちょっと…」とだけ言って、店の奥にある席に移った。 奥の席は少し暗く、二人がけの席になっており、密談をするにはうってつけの形になっている。 ルイズはフードを被り直すと、聴覚に集中し始めた。 『それじゃ、ペイジも、プラントも、ボーンナムもやられたのか!』 『ブルリン、おめえ、声が大きいぞ』 『す、すまねえ…』 奥の席に座る二人の会話を聞こうとして意識を集中する。 すると、奇妙なことだが、騒がしい酒場の雑音の中から、二人の声だけが選り分けられるようにして聞こえてくる。 これも吸血鬼の能力なのだろうかと考えながら、ルイズは二人の会話を聞いた。 『ジョーンズ、マスターに会ったのはいつだ?』 『…月ぐらい前だ、ブルリン、お前は?』 『俺もそれぐらいだ…なあ、マスターの息子はどうなったか知らないか』 『一足先にラ・ロシェール近くの村に疎開してるよ、マスターの故郷らしい。ところでマスターは?』 『…カウンターの裏で、瓦礫に潰されて…』 『そうか…』 聞かなければ良かったと、ルイズは後悔した。 あの髭面の大男ブルリンは、見た目と違ってずいぶん優しい心の持ち主らしい。 ルイズを先に行かせたのも彼の気遣いだろう。皮肉なことだ。 瓦礫と化した酒場に、金目の物など残っているとは思えない。 酒場のマスターを埋葬するためにルイズを先に行かせたのに、ルイズは彼を疑ってしまった。 「金目の物でも探しているのか?」と。 よく考えてみれば、「ルイズ」はもう、死んだことになっている。 ロングビルに「私が死んで誰か悲しんだ?」と、聞いてみようと思ったが、自分の死を誰が悲しんでくれたのか、確かめるのが怖くて聞けなかった。 死を偽装するという、ある意味で最低な行為をしている自分に、嫌気がさす。 ルイズの思考が自分を責め始めた時、ジョーンズの口から、驚くべき話が飛び出してきた。 『ありゃ貴族派の自作自演なんだ』 『ジョーンズ、そりゃどういう意味なんだ』 『酒場のあたりをぶち壊したのは王党派の船だけどな、あの船には誰も乗ってなかったんだ』 『脱出用の船を使ったから、誰も乗ってなかったんじゃないのか?』 『いや、その脱出艇が問題なのさ、脱出用の船から降りた連中が、貴族派にいたんだ、それも同じ奴らが乗る船が何度も墜落している』 『どういうことだ、分かんねえよ』 『だからよ、王軍の空軍は、もう貴族派に掌握されちまってるんだよ、王軍の装備そのままにな』 『って事は、王党派の船と貴族派の船が戦って、王党派の船ばかりが町に落ちてくるのは…』 『そう、貴族派のイメージ戦略も兼ねてるって訳よ、それを調べようとしたから、ボーンナムも、ペイジも、プラントも…たまり場にしていた酒場も狙われたんだ』 『………』 『………』 しばらくして二人の会話は終わり、ブルリンはルイズの待つ席へと戻ってきた。 待たせてすまない、と、ブルリンが謝る前に、ルイズはブルリンのみに聞こえるような声で言った。 「私、王党派につくわ」 To Be Continued → 11< 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1220.html
「WRYYYYYYYYYYYY!!!!」 肉片が散らばり、血しぶきが樹木を濡らす。 まず一匹目。 腕力を試すために投げられた剣によって死んだ。 次に二匹目。 どの程度の勢いで血を吸えるのか試すため、心臓に腕を突きさして血と水分を完全に吸い取った。 そして三匹目。 巨大な棍棒で顔面を殴られたので、その棍棒を殴り返した、ルイズの手も棍棒も、オークの顔面も砕けた。 四匹目。 殴られたせいで口に溜まった血液を、可能な限りの勢いで噴き出した、すると逃げようとしたトロル鬼の脳髄を背後から貫く結果となった。 最後に五匹目。 棍棒を捨てて命乞いするトロル鬼の頭を掴んで、火を消した時と同じように、体温を下げる… トロル鬼は瞬く間に氷のオブジェと化し、軽く爪で弾くと、バラバラに砕け散った。 周囲を警戒し、他に動物の気配がないことを確認すると、ルイズは満足そうに頷いた。 肉体の能力はだいたい確認できた、潰された顔も、砕けた手も既に復元され、元通りになっている。 それこそ髪の毛の一本まで完全に復元されているのだが、ここでふと困ったことに気づいた。 ハルケギニアの吸血鬼は日光に弱い、光に当たっただけでも火傷してしまう。 しかしルイズは違う、伝承よりもはるかに強く、強靱な生命力を備えている。 その代わり、吸血鬼が使えるはずの先住魔法が使えない。 吸血鬼やエルフ等、知能の高い亜人種は、先住魔法と呼ばれる自然界のエネルギーを利用した魔法を行使する。 現在、絶滅したと言われている『風韻竜』は、先住魔法を使い人間に変身することもできたと言われている。 今のルイズは生命力が強すぎるため、意図して再生を止めないと、どんな怪我も『元の姿形に』治してしまうのだ。 ルイズは地面に散乱している骨を見て、変装の手段を思いついた。 その二日後、トリスティンの城下町で、宮殿へと続く大通りを歩く一人の女性がいた。 ミス・ロングビルである。 彼女はトリスティン魔法学院に所属するメイジではあるが、貴族ではない。 魔法学院の教師達は、注文した品物を馬車で届けさせる事が多く、彼女のように城下町までやってきて秘薬や日用品を買うのは珍しい。 「こんにちは」 「…?」 突然、隣から声をかけられた。 ロングビルに歩行のペースを合わせて歩くその女性は、頭までフードをすっぽりと被っており、赤みがかった茶色い髪を房にして右肩から前に垂らしている。 どこかで聞いたことのある声だと思ったが、自分と同じぐらいの身長で、赤毛の女性には心当たりがない。 「どちら様かしら」 「分からない?私よ、わたし」 ロングビルの足が止まる、この声には一人だけ心当たりがある、しかし、目の前にいる人物は記憶の中の人とは全く別人に見えた。 「ねえ、昼食はまだ?よかったら一緒に食べましょうよ」 「え、ええ…いいわよ、でも、生ものは勘弁して欲しいわ」 引きつった笑顔で答えるロングビルに、フードの中から笑みを返した。 城下町のはずれにある小さな劇場、ここでは夜は演劇が上演され、昼間は漫談を堪能することが出来る。 軽食をとりながら鑑賞できるので、昼間でもまばらに客が入っている。もっとも繁盛しているとは言い難いが。 フーケは、フードを被った女性を端の方席に案内し、自分も隣の席に座った。 座ってすぐにサイレントの魔法を唱え、会話の内容が漏れぬように注意する。 この劇場は、舞台を明るく見せるため、客席は適度に暗い。 顔も見えにくいので、交渉に便利な場所として重宝しているそうだ。 「…サイレントの魔法ね、いいなあ、私なんて”ゼロ”なのに」 「吸血鬼は先住魔法が使えるんじゃないのかい?」 ”吸血鬼” この言葉を周囲の観客が聞いていたら、冗談を言っているのだと笑われるか、本気で恐れられるかのどちらかだろう。 サイレントの魔法で声は周囲に漏れないが、人間が食屍鬼(グール)にされず、吸血鬼と会話しているなどと知ったら、皆驚いて腰を抜かすに違いない。 吸血鬼と呼ばれた少女は、先住魔法すら使えない事実に苦笑した。 「無理みたい、まあ、それを補う技術やアイテムがあればいいんだけれど…」 「あんたの能力に先住魔法が加わったら、それこそ誰も太刀打ちできないのにねえ」 「そう都合良く行かないみたい、あーあ、折角魔法が使えると思ったんだけどなあ…」 舞台の上では、ギターらしき楽器を使って音楽を演奏しつつ、一人の男がくだらない小話を話している。 時々、周囲から笑い声や、時にはヤジも飛ぶが、二人にはその声も届かなかった。 「吸血鬼って言ったって、ちょっとぐらい弱点がないと、可愛げがないわよ」 「あら、言ってくれるじゃあない、フーケお姉さん」 「お、お姉さんって…そういうの止めておくれよ、アタシはそっちの趣味はないんだ」 「私より年上のクセして照れちゃって、キュルケみたいに根が純粋なのね」 「年上?ああ、アンタ吸血鬼になったばかりなんだっけ…なんかアンタの方が年上のような気もするわ、その姿も」 フーケは、隣に座る女性の姿をまじまじと見た、どんな魔法を使ったのか知らないが『ゼロのルイズ』と呼ばれていた頃と比べて、明らかに背が伸びているし髪の色も違う。 「これはね、ちょっと骨を借りたの」 「骨?」 「そう、森の奥に傭兵らしき女性の骨が転がっていたわ、それを手足に埋めて、背を伸ばしたのよ」 「せ、先住魔法を使う吸血鬼より、よっぽど化け物じゃない」 フーケが青ざめる。 「化け物ね…、骨を見つけた時、トロル鬼に襲われたわ。この骨の持ち主もトロル鬼にやられたと思ったんだけど、ちょっと違うみたいなの」 「?」 「この骨、鋭い刃で斬られたような痕が、何百カ所もあるのよ。手作業だとは思えないわ、『エア・カッター』を食らったんじゃないかしら?」 「なるほどね…女の傭兵なんて、いたぶられて殺されるのも珍しくないからね…」 「メイジの傭兵が、この女傭兵をいたぶって、森の奥に放置したんでしょうね、平民から見たらメイジも立派な化け物だと思わない?」 爛々とした瞳でフーケを見るルイズ、フーケはその瞳に飲まれて、静かに頷くしかできなかった。 「ところで、その髪は?」 「ああ、そこの店で買った染料よ、服を染めるらしいけど」 「…今度会ったときのためにマトモな髪染めを用意しておくわ」 しばらくして漫談が終わると、舞台を改めるために緞帳が下りる。 それを期に二人は劇場を出ることにした。 「連絡の方法はまた後で伝えるわ、それと、これからはルイズじゃなくて別の名前で呼んで貰える?」 「別の名前って、どんな名前よ」 「そうねえ…『石仮面』とでも呼んで頂戴」 ルイズと分かれたロングビルは、城下町の馬舎に預けてある馬に乗って、魔法学院へと帰って行った。 「石仮面…か、仮面の下は人間のつもりなのかね…偉そうなこと言って、未練たらたらじゃないか」 そう呟いて、空を見上げる。 ロングビルは、故郷に住む人…正確には人とは言い切れないのだが…自分の守るべき人を思い出す。 「ハーフエルフの保護者…今度は吸血鬼のお世話…何やってんだろ、アタシってば」 一方ルイズは武器屋を目指していた。 ロングビルから武器屋の場所を教えてもらったのだ。 元々貴族であるルイズが武器を使おうと思ったのは、これからの身のフリを考えてのこと。 ディティクトマジックにも反応しないこの体なら、人間に混じって仕事をしていても問題はない。 しかし、魔法を使えばメイジだとバレてしまうし、爆発を起こせば『ゼロのルイズ』の噂に引っかかるかもしれない。 身分を隠して金を稼ぐには、この腕力を利用して傭兵になるのが一番だと考えた。 名誉と家柄を重んじるトリスティン貴族であるルイズが、仕事として傭兵を選んだのにはもう一つ理由がある。 トロルを倒したときの精神的な余裕が、貴族として生きてきたルイズの価値観を崩していた。 トロルに口づけする女性などいやしない。 しかし、人間が動物を食べるときは口を使う。 『動物』ではなく『食物』として扱えば、動物の体の一部が人の口に触れるのはごく当然のことだと思える。 ルイズはトロルの屍体を噛みちぎり、血を吸い、肉を食らった。 人が香りを嗅ぐだけのために草花を摘むのと同じように、トロル鬼の命をつみ取った。 それでも、人間の血を吸うのは、どこかためらいがある。 使い魔、ペット、それら動物を無碍に殺せないのと一緒で、人間を殺すのはなるべく避けたいと考えていたのだ。 だが『敵』なら殺せる。 『害虫の駆除』なら罪悪感もない。 そんなことを考えながら、やっと見つけた武器屋に入っていった。 「野郎よくもニセモノを掴ませやがったな!」 「…?」 武器屋の中では、奇妙な光景が展開されている、身長2メイル(m)近くはある大男が、カウンターごしに店主(らしき人物)を掴み上げているのだ。 胸ぐらを掴まれ宙に浮いた店主は、ヒィヒィと泣くような声を出して、必死に謝ろうとしている。 「あ、あの剣は、ゲルマニアで練金された極上の品だと聞いて、入荷したんでさ!あ、アッシも騙されたんでございやすよ!」 「うるせえ! てめぇ自信満々で俺に売り付けただろうが、死にたくなかったらイロつけて金を返して貰おうじゃねえか!」 「ヒーッ!」 どうやら、大男はこの店でニセモノを掴まされたらしい。 ルイズはそんな騒ぎを無視して、壁に掛けられている剣を手に取った。 吸血鬼の腕力で扱えばどんな武器でも人を殺すことは出来る、しかし、なるべくなら長持ちする武器が欲しい。 「ねえ、この店で丈夫そうな武器って言ったら、どれかしら」 ルイズが大男を無視して、店主に話しかける。 「ああ!?今取り込み中だ、女は失せな!」 大男がわめきはじめるが、ルイズは意に介さない。 「おい、てめえ、聞いてるのか!」 男は店主を離した、ちょっとだけ宙に浮いていた店主はそのまま床に落ちて、しりもちをついてしまった。 「それと…剣とか、槍とか、大人数を相手するのに効率の良い武器が欲しいのよ、見繕ってくれないかしら」 「このアマ!」 無視されたのがよほど頭に来たのか、大男はルイズの顔面を殴りつけた。 バキッ、ゴキッと音がする。 しかしルイズは一歩も動かない。 男は三分間ほどルイズを殴り続けていたが、びくともしないのを見て、さすがに顔色を変えた。 「お、おめえ、何なんだよ」 「……トロル程じゃ無いわね」 そう言いながらルイズは、側に置いてある箱を手にとって、大男に手渡した。 鉄製の槍が数十本本納められている箱を、『とても軽そうに』手渡されたが、思いがけない重さ手を滑らせ、て箱を足の上に落としてしまった。 ギャース!と叫んで片足立ちでピョンピョンと逃げていく大男の姿が滑稽で、店主とルイズは思わず笑ってしまった。 「あはははははは!あー、やっぱり見かけが全てじゃないのね」 『おでれーたな!細身の娘っ子のどこにそんな力があるんだ?』 と、突然どこからか声がした、この店には店主とルイズしか居ないはずだが、確かに声が聞こえた。 店内を見渡すがどこかに人が隠れている気配もない、ルイズは首をかしげた。 「お、おいデルフ!お客の居る間は喋るなって言ったろう!」 『んなこと言ったってなー、人間だって大道芸に拍手すんだろ?あれと同じよ、同じ』 店主がデルフと呼んだそれは、店の一角、長剣が並ぶ棚に立てかけられていた。 カタカタと刀身を揺らして喋っているそれは、どこからどう見ても『剣』だった。 「インテリジェンスソード?珍しいわね」 「へぇ、その通りでやす。こいつは特に口が悪くて厄介な奴ですが…あ、先ほど丈夫な武器とか言ってませんでしたか?」 店主がルイズの言葉を思い出し、ぽんと両手を叩いて言った。 「でしたらそいつをお持ち下せぇ、昔、こいつがあまりにも口が悪いんで火のメイジ様に頼んで溶かして貰おうと思ったんでさ」 『あんときゃ熱かったなー』 「ですが、トライアングルのメイジ様の炎でも、こいつは溶けませんでした、錆びも浮いて見た目は悪いですが、丈夫さなら折り紙付きでさぁ」 ルイズは口元に指を置いて、少し考え込む仕草をすると、デルフと呼ばれたその剣を手に取った。 「気に入ったわ、これを頂戴」 そう言いながらカウンターにデルフを置く、すると先ほどまでの威勢の良さそうな声ではなく、どこか慌てたような声でデルフが叫んだ。 『ま、待て!こいつに俺を渡すな!こいつは…』 デルフの叫びもむなしく、店主はデルフを鞘に仕舞ってしまう。 「こいつの名前はデルフリンガーと言うそうでさ、鞘に入れちまえば声も聞こえなくなります、さっきの男を追い払ってくれたお礼にお持ち下せぇ」 ルイズが金を払おうとすると、店主がそれを制止した。 ルイズはロングビルから借りた金貨を数枚、無理矢理カウンターの上に置いて、武器屋から立ち去っていった。 トリスティン魔法学院。 ルイズの部屋に、オールド・オスマンが佇んでいた。 何度も魔法を失敗し爆発させたのか、部屋の中央の床にはヒビが入り、壁も何カ所か砕けている。 そして床には一枚の大きな紙が敷かれていた。 その上には薔薇の造花が一本、香水が一つ、メイド服が一着、乾燥ハシバミ茶一袋、ゲルマニア特性おっぱいの大きくなる膏薬が置かれ、手向けられていた。 「東方のお供え物とかいう習慣じゃったな、気持ちは分からんでもないが…後かたづけも考えて欲しいのう」 オールド・オスマンは部屋を見渡すと、部屋の修理に必要な箇所をチェックしていく。 本来ならロングビルの仕事だが、今日は虚無の曜日なので城下町に出かけている、オスマンもたまには自分で仕事をしようとルイズの部屋にやってきたのだ。 本当は、ルイズの母カリーナ・デジレが、この部屋に余計なことをしていないかと危惧して見に来たのだが、そんなことは人には言えない。 ヒビの入った壁に触れ、ヒビの深さを測ろうとした時、『何か』の破片が食い込んでいるのを見つけた。 練金の呪文で周囲を土に変えて、『何か』の破片を取り出す。 それは石のようでありながら、骨のように軽い、何か不思議な材質で出来ていた。 光にかざして見てみると、丁度、唇のような膨らみから、牙が突き出たような形をしている。 背筋に氷を差し込まれたかのように、オールド・オスマンの体が震えた。 脳裏に浮かぶのは、ロングビルが取り返した、あの本だ。 『石仮面を被り吸血鬼となった者は太陽によって消滅する。 されどハルケギニアの大地に注ぐ太陽光は脆弱であり、 吸血鬼を破壊するには至らない。 リサリサの知る種の吸血鬼が、ハルケギニアに訪れたときのため、 口伝によって伝えるべき波紋を、あえて書に残す。』 「これは…これは本当に偶然か…!」 オールド・オスマンは、実に100年ぶりに、恐怖と武者震いの混じった悪寒を感じた。 To Be Continued …… 8< 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1686.html
サウスゴータ地方、ウエストウッド村付近の森の中。 ルイズの乗る吸血馬を、商人風の男が先導していた。 「昼頃には、たどり着きます」 男が後ろを振り向きつつ告げる 「意外と近いのね」 ルイズはここまでの道のりを思い出しながら呟いた。 朝日が昇る前に、シティオブサウスゴータを出発したルイズ達は、一路ウエストウッド村を目指していた。 途中、町はずれの牧場で牛、馬、豚でも盗もうと考えたが、結局なにも食べずに来てしまった。 洗脳された住民が正気に戻ったとき、困るだろうと思ったのだ。 ルイズは途中で吸血馬に自分の血を与え、少しでも疲労を和らげられるように気遣っている。 吸血馬はとても従順で、腹を空かせても人を襲わず我慢していられる。 だが、ラ・ロシェールからアルビオンまでの飛行で、かなり体力を消耗しているのはルイズの眼には明らかだった。 そんな吸血馬を気遣い、ルイズは自分の血を何度か与えている。そのため… グ~~~ 「お腹すいた…」 ルイズは、力なくため息をついた。。 シティオブサウスゴータと、港町ロサイスを結ぶ街道から脇道にはいると、ウエストウッドという小さな村にたどり着く。 その村の一番奥には、丸太と漆喰で作られた家がぽつんと建っており、家の脇には薪が積み重なっているのが見えた。 商人風の男は、その家が見えてきたところでルイズを制止し、一人で家の中に入っていった。 「ハァ…」 ルイズは、思わずため息をつく。 『どうしたよ、腹減ったのか?』 足下から聞こえてきたデルフリンガーの声に、ルイズは不機嫌そうな顔をした。 デルフは吸血馬のたてがみに巻き付かれて、固定されている。 「それもあるけど…ハーフとはいえ、エルフと会うなんて生まれて初めてだもの。緊張してるのよ私」 『おめーもエルフに負けず劣らず、危ねーよ』 「折るわよ」 『怖いなあ。…お、出てきたぞ』 ルイズが顔を上げると、家の扉からフードを被った女性が顔を覗かせ、こちらを見ているのが判った。 ルイズはデルフリンガーを手にして吸血馬を降りると、その女性に近づいていった。 それを見てフードを被った女性も扉から出てルイズへと近づく。 庭の真ん中で、二人は対峙した。 ルイズはフードとマントを外すと、無造作に折りたたんで地面に置いた。 その上にデルフリンガーを乗せて、両手を開き、杖を所持していないのだと示した。 「はじめまして、私は『石仮面』。貴方がティファニアさん?」 「はい、はじめまして石仮面さん。マチルダ姉さんからのお手紙で、貴方のことは知らされていました」 ティファニアはフードを浅く被っており、優しそうな、おっとりとした顔立ちがはっきりと見えた。 耳が尖っているとか、角が生えているとか、そんな理由でフードを被っているのだろうと想像できる。 何よりも特徴的なのはその胸だった、もしかしたらキュルケよりも大きいのではないだろうか。 ふと、ロングビルのボディラインを思い出す。 大きすぎず、小さすぎず、しかし整った形の胸。 ティファニアとロングビルが姉妹だとしたら、エレノオール姉様とカトレア姉様のような対比を思い起こさせる。 「あの…?」 気が付くとティファニアがルイズの顔をのぞき込んでいた。 「あ、ごめんなさい。ちょっと知り合いを思い出しちゃって」 「そうだったんですか。立ち話じゃゆっくり出来ませんから、こちらの部屋にどうぞ」 ルイズは地面に置いた物を拾うと、ティファニアに導かれるまま、家の中に入っていった。 「わー!姉ちゃんどっから来たの?」 「マチルダおねえちゃんの友達?」 家の中に入ると、年の頃5~10才ほどの子供達がルイズにまとわりついてきた。 「マチルダお姉ちゃん?」 ルイズが聞き返すと、金髪の少年が満面の笑みで頷いた。 「マチルダお姉ちゃん、おばちゃんって言うと、すっっっっっごく怒るんだ。おねえちゃんって言うとお菓子くれるんだよ!」 ちらりとティファニアの表情を伺うと、額に大粒の汗を浮かべて苦笑いをしている。 ルイズは、このネタでロングビルをからかってやろうと考えつつ、子供らの頭を撫でた。 傍らでその様子を見ていた商人風の男が、パンパンと手を叩く。 「さあさあ、お姉さん達は大事な話があるから、みんな外でおじさんと遊ぼうな」 「「「「「はーい」」」」」 子供達は元気よく返事して、庭へと出て行った。 ティファニアとルイズは、食卓として使われている大きめのテーブルを挟んで、向かい合って座った。 ルイズがデルフリンガーを机の上に置くと、ティファニアはびくっと体を強ばらせた。 武器にはあまり馴染みがないのだろう。 「紹介するわ、相棒のデルフリンガーよ」 『おっす、ハーフエルフの娘さんよ、俺様がデルフリンガーだ、よろしくな』 デルフリンガーが喋ったので、ティファニアは二重に驚いた。 「えっ?…あの、その」 しどろもどろになりながら、ティファニアはフードの上から耳を手で覆う。 「大丈夫よ、それぐらいじゃ驚かないわよ」 ルイズが笑みを浮かべる。 ティファニアは数秒悩んだが、意を決してフードを外した。 「…綺麗」 思わず、ルイズの口から、感嘆の言葉が漏れた。 エルフの顔立ちは人間と違い、一定の水準、一定の基準が設けられているかのように整っており、美的な完成形であると評する者もいる。 ティファニアの顔立ちは、尖った耳がまるで妖精のような神秘さを醸しだしているのに、どこかおっとりとして優しい雰囲気があった。 「怖いっ…って、思わないんですか?」 「怖い? 何よ、マチルダの『家族』を怖がる理由なんて無いわよ」 「そうですか?家族…かあ」 家族という言葉を聞いて、ティファニアの緊張が解けたのか、ルイズに笑顔を見せた。 「それで、今日は、何の話でしょう…私、子供達が居るから、あまりお手伝いとか出来ませんけど」 「そんなんじゃないわ、ちょっと聞きたいことがあるの。サウスゴータの住人が何者かに操られたって話は聞いている?」 「はい、聞いていますけど…」 「ここに案内してくれた人から、貴方が『アンドバリの指輪』を持っていると聞いたの、水の先住魔法が込められた秘宝…それをちょっと見せて欲しいのよ」 「アンドバリの指輪?…もしかして、これのことですか」 ティファニアが手から指輪を外し、テーブルの上に置いた。 デルフリンガーはそれが何なのか判ったのか、カタカタと鍔を揺らして喋りだした。 『こいつはおでれーた、かなり使い込んでるな、この指輪』 「ちょっと、見せて貰って良い?」 ルイズの言葉に、ティファニアが首を縦に振る。 アンドバリの指輪を手に取ると、ルイズはそれをまじまじと観察した。 おかしなことに、指輪に乗せられた宝石は、台座と比べてかなり小さい。 あまりにもアンバランスで不自然な造りだった。 『嬢ちゃん、台座と比べて宝石が小さいだろ、その宝石は水の精霊の結晶みたいなもんさ、氷が溶けるみてーに、使い続けると小さくなっちまうのさ』 心でなるほど、と呟きつつ、ティファニアを見た。 「ねえティファニア、これ、最近使った?」 「何ヶ月か前に、怪我をした兵隊さんがここに逃げてきたの。その時に怪我を治したけど…それ以外には使ってない、です」 じっ、と、ティファニアの目を見る。 ルイズの迫力に押されたのか、少し身体を縮めたが、それでもルイズから眼を逸らそうとはしなかった。 「…信じるわ。でも、そうすると誰がやったのかしら…。これと同じ指輪があるなんて考えたくないけど」 「その指輪は、死んだ母から貰った形見なの、先住の力が込められているのは知っていたけど、アンドバリの指輪って名前は知らなかったわ」 「そっか、ごめんなさいね、疑ったりして」 「ううん…人間に疑われるの、慣れてるから…」 ルイズは、言い様のない胸が痛みに、思わず眼を細めた。 吸血鬼になったルイズ、ハーフエルフのティファニア。 お互いに人間とは相容れぬ存在であると知りながらも、人間と関わることで生活を保っている。 自分が吸血鬼だと、告白した方がよいのだろうか? ティファニアが耳を見せてくれたように、自分も牙を見せるべきだろうか。 思考のループに陥りそうになったところを、デルフリンガーの声が引き戻した。 『そーだ、思い出した』 「何を思い出したのよ」 『ディスペルマジックだ、先住の魔法で操られてるんだとしたら、ディスペルマジックで解除できらあ』 「もっと早く思い出しなさいよ…もう」 『仕方ねーだろ、6000年も生きてりゃ色んな事があるんだよ、全部覚えるなんざ無理な話だ』 「ろくせんねん?デルフリンガーさんって、凄く長生きなんですね」 『まあな、ところでエルフの娘っこ、お前さんの親父は財務監督官だったんだろ?その指輪が複数あるとか、もしくは似たようなアイテムがあるとか聞いてねーか?』 少し考え込んでから、ティファニアが質問に答えた。 「この指輪は母が持ってきた物なの、だから他にどんな物があったか、よく知らないの…」 「そう…。それなら仕方ないわよ。でも、その指輪はアルビオンの宝物に数えられていたんじゃないの?」 「財務監督官だった父には、何人かの秘書がいたのだけれど…。そのうち一人が大怪我をした事があったの。父は指輪を使ってその人を助けたのだけど…」 「まさか、その秘書が…裏切ったの?」 「その人は裏切った訳じゃないわ、だって、母を守って…死んじゃったもの」 「そう…ごめんなさい、話を続けてくれる?」 沈痛な面持ちのティファニアを見て、ルイズは自分まで辛くなっていることに気づいた。 「指輪に目を付けた人が父に近づこうとしたの。宝物の目録を改ざんして、それで父から指輪を取り上げようとしたらしいけど…」 「目録の改ざん?」 「うん。父は指輪の存在を別荘に隠そうとしたの。でも、誰かに気づかれて…別荘で隠れ住んでいた母のことも、王宮に知られちゃって…」 「なるほどね…人助けが命取りになるなんて…」 「いいの!だって、母は、アルビオンに来たことを後悔しないって言ってたもの、お母様も、お父様も、人を助けたことに後悔なんてしてないと思うの…」 『おでれーた。まーたビックリするお人好しだよ。もしかして、さっきの子供らは孤児かい?おめーもお人好しだな!そう言う奴好きだぜ』 「ふふ、ありがとう、喋る剣さんって初めて見たからびっくりしたけど、優しいのね」 『おうよ!だてに年は重ねてねえ』 「貴族なんかより、ずっと気高いわ、いいご両親をお持ちだったのね」 「ありがとうございます。そう言って下さると、父も母も喜ぶと思います」 ルイズは、ティファニアを心底『眩しい』と思った。 ハーフエルフ、エルフ、人間とは相容れぬ存在、始祖ブリミルの時代から続く人間の仇敵。 そんな風に考えていた自分が、とても情けなかった。 貴族の『貴族らしさ』は、そのお国柄によっても異なるだろうが、何よりも崇高とされるのはその気高さだ。 小さな田舎の、更に山奥に住むティファニアからは、気高さと自信に満ちあふれたオーラが放たれているように思えるのだ。 ロングビル以外にも、何人かの協力者がティファニアを守ろうとしている理由が、ルイズには感覚的に理解できた。 ルイズが窓から外を見る、日差しに照らされた木々の葉が、緑色に輝いているのが見えた。 子供達の遊ぶ声に、風の音と、葉擦れの音が混ざる。 ここに人間の諍いを持ち込んではいけないのだと、ルイズは思った。 不意に、ルイズの耳に歌が聞こえてきた。 顔を上げると、ティファニアの姿がない。 ふと脇を見ると、壁に備え付けられた棚の前で、ティファニアが何かの蓋を開けている。 よく見るとそれはオルゴールだった、古ぼけたオルゴールから聞こえてくる歌が、なぜかルイズにはとても心地よかった。 『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』 『神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空』 『神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す』 『そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……』 『四人のしもべを従えて、我はこの地にやってきた……』 どこか心地よくて、なぜか懐かしいその声は、頭の中に直接聞こえてくるようだった。 「この歌、何?」 「え?」 ティファニアが驚きつつ、ルイズの方を振り向く。 「この歌、そのオルゴールの歌なの?」 「えっ…あの、まさか、聞こえるんですか? あの、どんな風に聞こえるんですか!?」「? 神の左手とか、右手とかって……」 ルイズが歌の内容を言いかけたところで、シュカ!と乾いた音がした。 建物に、何か堅い物が、高速で衝突した音だと判別したルイズは、すかさずデルフリンガーを手に取りローブを身に纏った。 「ううわあ!」 「わああっ」 外から、男と、子供達の悲鳴にも似た声が聞こえてくる。 ルイズは外の様子を確かめるようにゆっくりと扉を開けて、外を見た。 シュカカッ、と、扉に矢が突き刺さる。 ルイズは背後にいるであろうティファニアに、左手を降って『隠れろ』とジェスチャアをすると、扉を閉じて庭へと出た。 「危ないわね、あなた達、猟師か何か?」 ルイズの視線の先には、突然飛んできた矢に驚く子供達と、それを庇うようにして立つ商人風の男、そして傭兵らしき格好の男達だった。 「おう、べっぴんさんじゃねえか」 「村長はいるか? いるなら呼んでこい」 現れたのは十数人ほどの傭兵らしき男達、全員が弓矢や槍などで武装している。 その中でも、弓矢を持った連中は、子供達に狙いをさだめていた。 デルフリンガーは、たルイズの心が怒りに震えていくのを感じていた。 「わ、私がここの村長です。こ、子供達には手を出さないで下さい!」 ルイズの背後からティファニア姿を現し、怯えた声でつぶやく。 「おや、村長さんも別嬪だな。森の中に閉じ込めておくにはもったいねえ」 傭兵の一人がそう言って近づいてくる。 他の連中と違い、一人だけ自由に行動できるような雰囲気を醸し出している。 頬には傷があり、その表情には余裕が見えていた。 おそらくこの集団のボスだろう。 「あなたたちはなんなんですか?」 ルイズはティファニアの前に出ると、男達を見回して呟いた。 「猟師じゃなくて、傭兵さんみたいね」 「へへへ、”元”傭兵だ。なぁに、革命戦争が終わっちまったから、本業に戻るのさ」 「本業?」 ルイズが聞き返すと、別の男が大声で答える。 「盗賊だよ!」 それを合図にしたかのように、残りの傭兵達が笑いだした。 子供達は怯えているのか、商人風の男の足にしがみついている。 よく見ると、金髪の少年は足に切り傷を作っており、足下の地面には何本かの矢が突き刺さっていた。 ルイズは考える。 問答無用で全員の血を吸ってやろうか? だが、そんなことをしたら、それこそ子供達は怯えてしまう。 吸血馬には事が起こったとき荒立てるなと命令してある、上手く物陰に身を隠しているのか、その姿は見えない。 しかし臭いが近くにいることを知らせてくれている。 全員を斬り殺してやりたいが、弓を持った男は一カ所に固まらず、集団の中で散らばりつつ狙いを定めている。 これでは一人を斬っている間に、他の連中から矢が放たれてしまう。 …ならば、吸血馬を子供達の盾にすれば、時間が稼げるだろうか? 「まったく、ついてねえや。ニューカッスルをぶっ潰したらお払い箱よ、どうせトリステインにでも攻め込むんだろうが、その前に俺たちもお宝探しをしようと思ってなあ」 「出てって。あなたがたにあげられるようなものは何もありません」 気丈に言い返すティファニアを見て、男たちは笑った。 「あるじゃねえか!お前みたいな別嬪な娘、それと剣を背負った姉ちゃん、てめえも傭兵かい?いい顔立ちしてんじゃねえか、かわいがってやるぜ」 この傭兵達…もとい、盗賊達は人さらいらしく、まるで品定めするようにルイズとティファニアを見た。 「 あら… か わ い が っ て く れ る の ?」 思わず言い返してしまう。 ルイズは、自分の心にわき起こる戦いへの欲求に、言いしれぬ高揚感を感じていた。 爛々と輝く瞳、獰猛な、ドラゴンよりももっと恐ろしい『何か』の瞳が、傭兵の一団に緊張を走らせた。 『ナウシド・イサ・エイワーズ……』 ふと、ルイズの背後から声が聞こえた。 『ハガラズ・ユル・ベオグ……』 何処かで聞いたような、いつも聞いていたような、先ほどの歌のような、心安らぐ響き。 『ニード・イス・アルジーズ……』 ルイズが振り向くと、ティファニアはいつの間にか小さな杖を握って、傭兵達に向けていた。 『ベルカナ・マン・ラグー……』 「…はっ! な、なんだぁ? 貴族の真似事か?」 傭兵の一人が一歩足を進めると同時に、ティファニアは自信に満ちた態度で、ゆっくりと、力強く杖を振り下ろした。 次の瞬間。 かげろうのように空が揺らぎ、男たちを包む空間が歪んだ気がした。 「ふぇ?」 空間のゆがみが元に戻ると、傭兵達は宙を見上げ、口を半開きにして呆けていた。 「あれ?俺たち、何してたんだ?あれ?」 「どこだ?ここは?」 「ここは誰だ?」 「俺はどこだ?」 ティファニアはルイズの前に出ると、男たちに向かい合って、言い聞かせるように告げる。 「あなたたちは、森に偵察に来て、迷ったのよ」 「そ、そうか?」 「隊はあっち。森を抜けると街道に出るから、北にまっすぐ行って」 「あ、ありがとうよ……」 男達はふらふらとした足取りで、ウエストウッド村を後にした。 ルイズは、内心の驚きを隠せなかった。 間違いない、今のは『始祖の祈祷書』に一部だけ浮かんだルーン。 まだルイズには使うことのできない『記憶を操作する魔法』だ。 ティファニアはふぅ、とため息をつくと、子供達に駆け寄った。 「わあああああん!」 「おねえちゃん!」 「怖かったよー!」 子供達はティファニアに抱きつき、泣き叫ぶ。 ルイズはその様子を見て、商人風の男に近寄った。 「貴方は、怪我、してない?」 「はい、大丈夫です…ティファニア様を守って頂き、ありがとうございます」 「いいのよ、それより…さっきの魔法って?」 「今のが、ティファニア様の先住魔法です、何度か盗賊が押しかけてきたとき、ああやって記憶を奪うのです」 「先住?違うわよ、もっと大それたものよ…」 ルイズがティファニアを見る。 よく見ると、ティファニアに抱きついている少年のうち一人は、足から血を流している。 ティファニアが跪き、その少年の怪我に指輪を近づけるが、ルイズがそれを制止した。 「その指輪、残り少ないんでしょう?もっと大怪我したときに使いなさい」 ルイズが少年の足を撫でると、傷口は綺麗に消えていた。 「今のは?」 ティファニアが、不思議そうにルイズを見る。 詠唱もなく怪我を治すのは、先住魔法の使い手であるエルフでも難しい。 水の精霊であれば話は別だが。 「ちょっとした手品よ、さ、いつまでも抱きついてちゃ駄目よ。男の子でしょう?」 ルイズが少年の頭に手を乗せ、髪の毛をわしわしと掴む。 「おねえぢゃん、テファねえちゃんを守ってくれて、ありがと」 思わず、ルイズの表情に笑みが浮かんだ。 「すぐ戻るわ」 ぱっ、と立ち上がると、ルイズは森の中に駆けていった。 吸血鬼の桁外れの動体視力で、木々の合間を縫って駆ける。 ルイズは臭いを頼りに、物陰に隠れていた吸血馬を探しだすと、そっと耳打ちした。 「全部で17人、一人ずつ、気づかれないように食べなさい。食屍鬼にしちゃ駄目よ?」 「ブルルル…」 「食べ残したらちゃんと地面に埋めなさいね…服も埋めるのよ?街道に出る前に、全員ね」 「ガアッ」 吸血馬は小声で鳴くと、巨体にも関わらず音もなく走り出し、ルイズと同じように器用に木々の合間を縫って盗賊達を追いかけた。 「さて…デルフ、ティファニアに沢山聞くことがあるわね。まず何から聞こうかしら」 『おめー盗賊相手には容赦ねえのな』 「何言ってるのよ!あんなのを許しておいたら、食屍鬼を作らないって約束してる私が馬鹿みたいじゃない。それに、あいつらはいずれ討伐されるわよ」 『だからって食料にしなくても…そんな暴力主義だから”忘却”の魔法が使えねーんだよ、ハーフエルフの娘っ子を見習ったらどうでえ』 「見習うって…何をよ」 『優しさとか、思いやりとか…うーん、胸とか?』 この日、デルフリンガーの悲鳴がウエストウッド地方の森に響いたという。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1208.html
トリスティン魔法学院とその関係者達は、いつもと変わらぬ平穏を享受していた。 ルイズが土くれのフーケを倒したという噂も、いつの間にか語られなくなり、一部を除いてルイズの存在は忘れ去られてしまった。 そんな中、ロングビルは思いがけない客の来訪に驚いていた。 オールド・オスマンから、書庫の資料を持ってきてくれと頼まれたロングビル。 彼女は、よりによってルイズを一番馬鹿にしていたと言われている『微熱のキュルケ』からルイズに関する話を聞きたいと言われたのだ。 「ミス・ツェルプストー、今は仕事中ですので、後ほどにして頂けませんか?」 「手間は取らせないわ、『土くれのフーケ』の隠れ家があった場所を教えて欲しいの」 ロングビルは思いがけない質問に、二度目の驚きを隠せなかった。 「ふ、フーケの隠れ家ですか? なぜ貴方がそんな事を…」 「教えてくれるの?くれないの?どっちなのよ」 キュルケは多少不機嫌そうに喋る、ロングビルは隠す理由もないと思い、フーケの隠れ家があった場所を教えた。 キュルケは居場所を聞くと、一言礼を言ってその場を立ち去った。 翌日、虚無の曜日。 この日は休日であり、学院の生徒達も思い思いの休日を過ごし、普段とは違った騒がしさがある。 町に出かける者もいれば、楽員の周辺で魔法を使って遊ぶ者もいるし、図書室で読書に励む者もいる。 この日の午前中に、風竜と呼ばれるドラゴンが魔法学院から飛び立ち、フーケの隠れ家跡へと向かっていった。 ロングビルは塔の窓からそれを見かけると、魔法学院の馬を借り、ドラゴンの後を追った。 「きゃああああああー!?」 風竜の上でシエスタが叫ぶ、生まれて初めての空の上、生まれて初めての高さに、シエスタは驚いていた。 「あら、貴方空は初めてかしら、あまり叫んでいると舌を噛むわよ」 シエスタの後ろからキュルケが声をかける。 「……シルフィード、遊んじゃ駄目」 『きゅい、きゅい!(お姉さま、この人太陽の臭いがするの、不思議な人!)』 「そう」 シルフィードと呼ばれた風竜が遊んでいると気づいたのは、主であるタバサだった。 テレパシーのようなものでシルフィードの言葉がタバサに伝わる、タバサはテレパシーを使わずに言葉で命令する。 端から見れば、竜と人間がお互いの言葉で会話しているという妙な光景だが、メイジと使い魔の関係を知るものであれば特に驚くことはない。 しかし、平民の出であるシエスタは『本当に会話できるんだ、凄いなー』と、今更といえば今更な感心をしていた。 いつものメイド服をはためかせて、平民の少女は空を行く。 一方、ロングビルは馬を走らせていた。 キュルケが風竜に乗っていると確信したロングビルは、200メイル以上の距離を開け、馬で後を追っていた。 念のためにどこからか調達した花束も持ってきている、これを跡地に添えると言えば、自分の行動が疑われることもないだろう。 (情報の収集と、今後のために…) ロングビルの表情は、凛とした『有能な秘書』ではなく、既に『土くれのフーケ』のものになっていた。 フーケの隠れ家があった場所、つまり、ルイズの起こした爆発の爆心地は、とても凄惨な出来事の現場とは思えないほど美しかった。 「綺麗…」 空からその光景を見たシエスタが、思わず言葉を漏らす。 考えようによっては不謹慎だと思われたかもしれない。 しかし、池となり、周囲に草花の生い茂るこの場所は、キュルケにもタバサにも少なからず感動を与えていた。 シルフィードが池の傍らに着地し、三人は地面に降りる。 シエスタは地面に降りてすぐにシルフィードに臭いを嗅がれ、頭をこすりつけられて困惑していた。 どうやらよほど気に入られたらしいが、それを知るのはシルフィードの言葉が分かるタバサのみ。 キュルケは美味しそうな臭いでもするのかしら?と、これまた危ないことを考えていた。 三人は、改めて池を見る。 クレーターは雨水を貯めて池となり、周囲に草花を生い茂らせ、見る者の心を楽しませていた。 誰が持ってきたのか分からないが、小舟までそこに置かれている。 この光景を見て、土くれのフーケを道連れにルイズが死んだ場所などと、誰が思うだろうか。 「凄いわね、短い間にこんなたくさんの花が咲くなんて」 「不自然」 キュルケが感心するが、タバサはどこか納得いかないと言った感じだ。 何に納得できないのだろうと、ふと考え込む、答えはすぐに見つかった。 花の種類が揃いすぎているのだ、誰かが庭園の手入れをするように、規則正しく様々な種類の花が並んでいる。 トリスティン魔法学院とその周辺では見られなかった種類のものまで生えている。 「あ、これ煮込むと美味しいんですよね」 てどこか的はずれなことを言うシエスタに、キュルケとタバサは思わず吹き出した。 「花を見て食べ物の話をするんだから、もう。ところでさっきから気になっていたんだけど…そのバスケットは何?」 キュルケがシエスタの持っているバスケットを指さす。 「あ、これですか?これはお供え物です」 「オソナエモノ?」 「はい」 そう言うとシエスタはバスケットの中を見せた、中にはイチゴのタルトが入っている。 「何、あなたピクニック気分で来たの?まあこの景色を見たらそれも悪くないと思うけど…」 そう言ってキュルケが不機嫌そうな顔をする。 シエスタは、キュルケの訝しげな視線を受けて、慌てて弁解した。 「ち、違います、ピクニックじゃなくてお供え物です」 「だからそのオソナエモノって何の事よ」 シエスタはバスケットの中からタルトを一切れ取り出すと、それを紙に包んだ。 「何やってるの?」 キュルケの質問に答えながら、池の側に寄って、紙に包んだタルトを地面に置いた。 「私、お爺ちゃんから教わったことがあるんです。年に一度、死んだ人に生きている人と同じように接して、その人の残してくれた教訓を忘れないようにするそうです」 そう言ってバスケットから小さな花束を取り出し、紙に包んだタルトの脇に置いた。 「ひいお爺ちゃんはちょっと変わった人でした、東方の果て、ロバ・アル・カリイエから『竜の羽衣』というマジックアイテムを使って飛んできたと言うんです」 シエスタは立ち上がり、キュルケに向き直る。 「ロバ・アル・カリイエから飛んできたなんて誰も信じていません、でも、ひいお爺ちゃんは、亡くなった人にはお供え物をするんだとか、手を合わせて祈るんだとか、いろんなことを教えてくれたんです」 シエスタの言葉に、キュルケが感心したように呟く。 「へぇ、不思議な習慣があるのね、でも食べ物を捨てるのと一緒でしょ、貴族ならともかく平民にはそぐわない風習じゃない」 「違いますよ、その分は粗食で我慢するんです、喜びは皆で分け合って皆で楽しみ、悲しみは皆で分け合って皆で慰めるって、そう言ってました…って、ごめんなさい!私、貴族様にこんな事まで喋って…」 シエスタが両手で自分の口元を隠し、慌てて謝る。 「別にいいわよ、東方の果ての話なんて滅多に聞かないし、それに…」 キュルケは池を見た、今までの悲しみを洗い流すかのように光が反射し、水面が輝いている。 「ルイズなら”こんなんじゃ足りないわよ”なんて言って怒るんじゃないの?そのタルト私たちの分もあるんでしょう、私も一口分、オソナエモノにさせて貰うわよ」 「私も」 ずっと黙って話を聞いてたタバサも、キュルケと一緒になってお供え物をするという。 シエスタは、それこそ輝くような笑みを二人に見せた。 『きゅいきゅい!』 突然、シルフィードが鳴き出した、シルフィードが誰かを見つけたと理解したタバサは、シルフィードの示す方を見た。 そこには、馬に乗ったロングビルがいた。 池の周囲に生えた草花に驚いたのか、惚けたような表情のままこちらに近づいてくる。 「…驚きましたわね」 そう呟いて馬から下りたロングビル、その手には花束が握られていた。 「ミス・ロングビル…貴方も?」 キュルケの言葉に、ロングビルは静かに頷いた。 「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、シエスタ。…私も混ぜて貰えないかしら」 そう言ってロングビルも、加わり、四人は悲しみを乗り越えるように、ルイズの思い出話をした。 途中でロングビルが、「平民を連れてくるなんて珍しいわね」と疑問を口に出したので、シエスタと知り合う切っ掛けを話すことになった。 そもそもキュルケがシエスタを連れてきたのは、シエスタがルイズの死に動揺していたのがきっかけだ。 いつもように食堂で朝食を取っていた時、ルイズが死んだといううわさ話をしている貴族に「本当ですか!?」と問いかけてしまったのが始まりだった。 ぞの貴族達はシエスタを乱暴に払いのけると、メイドが貴族の話に口を出すなと言って怒り出した。 それを制止したのはギーシュだった、彼は良くも悪くも純粋で、女性が傷つけられようとしているのを見て黙っては居られないらしい。 もっとも、相手はギーシュより実力が上の『ライン』だったので、ギーシュは青ざめながら弁解する羽目になった。 噂を聞きつけたキュルケが、ルイズの死は本当なのかと二人に問いつめなければ、ギーシュはボコボコにされていただろう。 それがきっかけとなり、キュルケとタバサは、シエスタと知り合ったのだ。 そのお礼といっては何だが、ロングビルはこの池に花が植えられ、小舟が置かれている理由を三人に話した。 (烈風カリン殿が話していた『ルイズが小さい頃遊んでいた池を…』って、この事だったのね…何よ、厳しいフリして親ばかじゃない) ルイズが小さい頃遊んでいた池を再現したものだと説明し、キュルケ、タバサ、シエスタの三人は、たまらず涙を流した。 その頃、ルイズは森の奥を歩いていた、人間が近づかないような奥地であり、オーク鬼やトロル鬼の出現が危惧される地帯でもある。 吸血鬼の鋭敏な感覚と、高い記憶力のおかげで道に迷うことはない。 ルイズは可能な限り遠回りをして、トリスティンの城下町に向かっていた。 「……あら?」 ふと、歩みを止める。 巨大な樹木の根元に、女戦士のものと思われる白骨死体が転がっていた。 鎧はぐちゃぐちゃにひしゃげており、圧倒的な力で破壊されたのだと想像できる。 白骨に近づくと、周囲の茂みからガサガサと音がして、大きな動物が姿を現した。 トロル鬼と呼ばれる亜人種が現れ、ルイズを取り囲んだ。 象のような皮膚にゴリラのような体格、単純なパワーでは人間の遙か上を行くトロル鬼は、小さいトロルと違い、人間の敵として認識されている、なぜなら彼らは人間を『食べる』からだ。 一人の少女の周囲には五匹のトロル鬼という、きわめて絶望的に見える状況がそこにあった。 「そういえば…まだ、ちゃんと試してなかったわ」 そう言いながら、ルイズは足下に落ちている剣を拾った。 固定化の魔法がかけられている長剣は、持ち主が白骨死体となったにもかかわらず、錆びずに輝いている。 ルイズはそれを無造作に、正面にいるトロル鬼に向かって、投げた。 バァン! と音を立てて、トロル鬼の体は爆発したかのように左右に裂け、ぐちゃりと血の滴る音を立てて地面に崩れ落ちる。 固定化のかけられたはずの剣は、その衝撃に耐えきれず砕け、破片は周囲の木々を傷つけ、穿ち、散らばった。 『グオ?』 他の四匹は何が起こったか分からず、一瞬首をかしげるが、次の瞬間には怒り狂ってルイズへと飛びかかってきた。 そして…ぐちゃりと音が鳴る。 ルイズの腕が、飛びかかってきたトロル鬼の分厚い大胸筋を貫いていた。 「安心して… 木の根っこが養分を吸い取るかのように 理にかなったとても自然な事よ」 ズギュンッ! To Be Continued …… 7< 目次
https://w.atwiki.jp/gurasesuta/pages/72.html
歪魔ルイズ・プロア(Louiz) 加入条件 AP04、「歪魔を探そう」イベント終了 ステータス 種族 防御属性 武器 鎧装備 雇用費 悪魔 暗黒 杖 X -- LV HP 物攻 物防 魔攻 魔防 命中 回避 所持 待機 70 58 58 45 39 27 140 60 7 7 100 94 76 61 50 36 149 72 7 7 120 118 88 72 58 42 155 80 7 7 スキル スキル名 初期 種別 効果 備考 連撃 +5 攻撃 攻撃時に確率で同じ行動を連続で行う +9で発動率20% 魅了 +4 攻撃 攻撃時に対象の行動を遅らせる +9で9F お調子者 +6 攻撃 CHAIN発生時、1CHAIN毎に攻撃力上昇 +9で物攻+10魔攻+10 見切り +5 防御 被攻撃時に確率で間接ダメージを無効化 +9で発動率30% 反射 +5 防御 被攻撃時に確率であらゆる攻撃ダメージを跳ね返す +9で発動率20% 歪魔 +7 条件 +値に応じて行動追加 杖使い +7 条件 『杖』が装備可能 行動 条件 分類 名称 距離 種別 属性 硬直 範囲 効果 回数 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7 +8 +9 歪魔 必殺 爆裂ミョウギ 間接 攻撃 火炎 5 縦5×横5 物攻+15 命中+30 12 14 16 18 20 23 26 30 34 爆裂オウギ 8 物攻+30 命中+60 - - 8 10 12 15 18 21 24 爆裂究極オウギ 12 物攻+45 命中+90 - - - 5 7 10 13 16 22 魔法 連続闇弾 間接 攻撃 暗黒 8 縦1×横1 魔攻+12 命中-5 10 12 14 16 18 21 24 27 34 獄滅暗黒槍 12 魔攻+24 命中-5 - - 4 5 6 9 12 15 24 ティルワンの死磔 18 縦5×横5 魔攻+36 命中-5 - - - 2 4 7 10 13 18 特徴 エウ伝統の空間を歪め操る上位魔族「歪魔」 伝統芸なので、今回もやっぱり歪魔チート。 セリカと並ぶ待機7に加え、魅了+爆裂ミョウギ(火炎・5×5・硬直5)という、ゲーム仕様を全力で味方につけた胡散臭さ全開のチートキャラである。 火炎が効きづらい相手にはティルワンの死磔(暗黒・5×5・硬直18)で対応できる。5×5を2属性持つのは味方ユニットの中でもルイズだけ。 回避も異様なほど高く、初期装備を鍛えるだけで余裕で100を超える始末。 伝統的に低い設定になりがちなHPも、本作仕様だと全く弱点にならない。 唯一の弱点は武器が「杖」ということ。基礎ステータスは物攻寄りだが、杖装備のため物攻が上がりにくく、単純に火力という意味ではそこまで異常なものにはならない。 …と思いきや、実際には「お調子者」の効果でCHAIN時ダメージが跳ね上がるため、これすら弱点にならない。少しは自重しろ。 専用レア武器は杖、欲望の聖杖(SR・無属・物攻77・魔攻127・命中60・精気吸収+9)と歪姫の秘杖(UR・暗黒・物攻40・魔攻99・命中70・大物殺し+9)。 例によってSRの方が性能が高い。初期待機の速さと精気吸収+9の相性は抜群で、戦闘する度にHPがモリモリ回復していく。物攻も杖の中では一番高い。
https://w.atwiki.jp/ws_wiki/pages/551.html
autolink() ZM/W03-002 カード名:メイド服のルイズ カテゴリ:キャラクター 色:黄 レベル:2 コスト:1 トリガー:1 パワー:7000 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《メイド》? 【自】このカードがアタックした時、クライマックス置場に「契約」があるなら、あなたは相手のキャラを1枚選び、手札に戻してよい。 【自】アンコール[手札のキャラを1枚控え室に置く](このカードが舞台から控え室に置かれた時、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、このカードがいた枠にレストして置く) RR:見てなさいよ私が本気を出せばすごいんだから SR:ルルル…ルイズなのです よよ、よろしくお願いなのです レアリティ:RR SR illust.ヤマグチノボル・メディアファクトリー/ゼロの使い魔製作委員会 “平民の使い魔”サイトによるパンプアップが可能。 素のサイズは昨今増加している1/1トリガー無しのバニラと同値だが、自ターンはバウンス・相手ターンはアンコールといったパワーに関係ない立ち回りをすることも可能であるため、単体でのスペックも申し分ない。 2/1キャラなので、CXが無い場面も考慮してソウルパンプが可能なカードを入れておくとジリ貧に対応できるかもしれない。 ・対応クライマックス カード名 トリガー 契約 2 ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 “平民の使い魔”サイト 0/0 500/1/0 黄 ・関連ページ 「ルイズ」?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/649.html
朝早く、まだ生徒達が目覚める前。 ルイズとギーシュは馬に鞍をつけ出発の準備をしていたが、ギーシュはなぜか地面を気にしている。 「何キョロキョロしてるのよ」 「いや、実はだね…僕の使い魔を連れて行きたいんだ」 と、ギーシュが言ったとたんに、ルイズの足下が持ち上がり、ジャイアントモールが現れた、ギーシュはそれに抱きいて「僕の可愛いヴェルダンデ!」とのたまっている。 「臭いを嗅ぐなッ!」 ルイズは顔を真っ赤にして、ヴェルダンデの頭をべちん、と叩いた。 地面に降りたルイズは、連れて行っちゃダメだと告げた。行き先が『アルビオン』だからだ。 話を聞いているのかいないのか分からないがヴェルダンデは突然、ルイズを押し倒した。 「何なのよこのモグラ!やめなさいったら!」 鼻で体をまさぐり始めたヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、それに鼻をすり寄せた。 アンリエッタ姫から預かった水のルビーを見ながら、ギーシュは「なるほど」と呟く。 「なるほど、指輪を見つけて喜んで居るんだね。ヴェルダンデは宝石が大好きだからねぇ」 「感心してないで助けなさいよ!」 そんな風にモグラとルイズが戯れていると、一陣の風が舞い上がり、モグラだけを吹き飛ばした。 「誰だッ!」 ギーシュが怒りを隠しもせずわめく、風の吹いた方向を見ると、朝もやの中から長身の貴族が現れた。 羽帽子をか被ったその男は、グリフォンから降りてギーシュを一別した。 「貴様、ヴェルダンデになにをする!」 ギーシュが杖を掲げようとすると、それより一瞬早く、長身の貴族が杖を引き抜いて、風の魔法でギーシュの杖を吹き飛ばした。 「僕は敵じゃない。姫殿下より同行を命じられていてね…。君たちだけでは心許ないらしい。」 そう言いながら帽子を取る。 「お忍びの任務であるゆえ、部隊つけるわけにもいかぬ、そこで僕が指名された…ってワケだ」 帽子を胸の前に置き、長身の貴族が一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 ギーシュは魔法衛士隊と聞いて、相手が悪いと知った。 魔法衛士隊とは、家柄だけでは決して与えられない、実力がなければその地位には決して就くことができない、若きメイジ達のあこがれの地位なのだ。 「あのジャイアントモールは君の使い魔かね? だとしたら、すまない。婚約者がモグラに襲われているのを黙って見ているわけにはいかないのでね」 「ワルドさま……」 立ち上がったルイズが、震える声で言った。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドはルイズを抱き上げた。 そんな人物がルイズの婚約者だと知って、ギーシュはあんぐりと口を開けた。 「ワルド様、この間馬車の中で『またすぐ会える』と言っておられたのは、この事だったのですね」 「ああ、…ふふ、相変わらず、きみは羽のように軽いな」 ワルドは抱きかかえていたルイズを地面に下ろすと、朝靄の向こうから聞こえてくる蹄の音に耳を傾けた。 「お取り込み中失礼致しますわ、ミス・ヴァリエール」 馬に乗って現れたのは、ミス・ロングビルだった。 そして簡単な自己紹介が始まった。 封書と、水のルビーを預けられたルイズ。 アルビオンに入るまでの間、護衛を任せられたロングビル。 道中の護衛をつとめるワルド。 おまけのギーシュ。 ギーシュは『自分よりはるかに腕の立つ男』と、『学院長の秘書になるほど腕の立つメイジ』に挟まれ、この任務を手伝うことが出来た幸運に体を震わせた。 ロングビルは生徒に魔法を見せたことは無いが、学院長の秘書になるぐらいだから実力があるのだろう…などと、生徒達の間で噂されているのだ。 顔見せが終わった後、ワルドはグリフォンに跨り、膝の上にルイズをのせた。 「では諸君! 出撃だ!」 グリフォンが駆け出して、ギーシュとロングビルの馬が後に続き、アルビオンに向けて走り出した。 そんな出発の様子を見ている者が居た。 学院長室の窓から、アンリエッタ姫がルイズ達を見ていたのだ。 アンリエッタは目を閉じて祈る。 「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ…」 その隣ではオスマンが鼻毛を抜いていた、アンリエッタは緊張感のないオスマンが気になり、オスマンの方に振り向いた。 「見送らないのですか?」 「ほほ、ワシは友達のお願いを聞いた生徒が勝手に出かけていくとしか聞いておりませんでな」 意地悪そうに呟くオスマンに、アンリエッタは少し嫌そうな顔をした。 オスマンではなく、自分が嫌になる。 自分は、どれだけ『おともだち』に迷惑をかけたのだろうか。 今までのアンリエッタであれば、王族の不始末は貴族がぬぐって呵るべき、と考えていたかもしれないが、今は『王族』と『友達』の間で苦しんでいる。 ただ、今はこの任務を引き受けてくれたルイズに感謝し、無事を祈るほか無かった。 「ところで、オールド・オスマン」 「はい、なんでございましょうかな」 「このミス・ロングビルを派遣して、学院に不都合はないのですか?」 「ほっほっほ、ワシの秘書と言っても大して仕事はありませんでな、それに彼女は土のトライアングル、実戦慣れもしておりますからのう」 「そうですか…ミス・ロングビルを信頼なさっているのですね」 「生徒のことも信頼しておりますじゃ」 その返事に、アンリエッタは少しだけ笑顔を見せた。 「それにしても、実戦慣れしている方を秘書に着けられるだなんて、オールド・オスマンの人脈には驚かされますわ」 「なぁに!それほど大したことでもありませんでな、酒場でワシがお尻を触っても嫌とも何とも言わない、いやこれは実に出来たお嬢さんだと思いスカウトした訳ですじゃ!」 「ハァ?」 「しかも雇ってから彼女がメイジだと分かりまして、大したことは出来ないと謙遜しておりましたが、滲み出る実力はトライアングルで上の方だと感じまして……あっ」 オスマンは自分がよけいなことまで喋ってしまったことに気づき、慌てて口をつぐんだ。 「…あ、あの、今のは冗談! あのー、なんちゃって! ハハハハ…」 ぼけ老人のふりをしようと思ったが、もう遅い。 「…そ、そんな人物を護衛に…ああ、ルイズ…」 アンリエッタは、ルイズに謝りながら気を失った。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-16]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-18]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1676.html
「うん……ふわあぁ…」 陽光が顔に当たっているのを感じ、ルイズは身を震えさせた。 眩しさを嫌って、フードを深く被り直す。 「グルル…」 吸血馬が首を動かして日差しを遮ると、ルイズは吸血馬の首に手を回して、たてがみをそっと撫でた。 「…ありがとう、ね、夜になったら出発しましょう」 ラ・ロシェール近くの森から、アルビオンに到達するまで丸一日以上の時間がかかっている。 竜の遺骸を身に纏い、吸血馬が吸血竜となって空を飛んだが、予想以上に時間がかかってしまった。 スヴェルの月夜であればもっと早く到着できたが、アルビオンの接近を待つ余裕はなかった。 アニエスは、ラ・ロシェールから積み荷に紛れてアルビオンに行けば良いのではないかと提案したが、ルイズはそれを断った。 アルビオンがトリステインに侵攻した時のため、また、必要ならば力押しでレコン・キスタを壊滅させるために、吸血馬を連れて行きたかったのだ。 そのため、ルイズと吸血馬は、この近辺に墜落しているであろう竜の遺骸を探した。 レコン・キスタによる革命戦争で傷つき、羽ばたくことの出来なくなった竜が、この近辺に墜落しているという話は既に調べていた。 吸血馬の鼻は、吸血鬼であるルイズよりも更に強い、驚くほど簡単に竜の遺骸は発見できた。 竜の遺骸を食屍鬼にしても良かったが…それはアンリエッタやロングビルとの約束を違えることになる。 結局、吸血馬に融合させて空を飛んだのだが、意外と時間がかかってしまった。 吸血鬼の強靱な体力ならば、アルビオンまでひとっ飛びだろうと思ったが、それが甘かった。 途中で吸血馬が疲れを見せたため、ルイズは自分の血を吸血馬に与えつつ飛んできたのだ。 その上『イリュージョン』を使って敵の目を誤魔化していたので、体力と精神力を二重に消耗してしまい、長時間の休息を余儀なくされた。 ラ・ロシェールを発ってから三日目、ようやくルイズは行動を開始した。 ルイズは移動する前に、吸血馬が脱ぎ捨てた竜の身体を燃やした。 万が一吸血馬の血液が残っていたら、竜の食屍鬼になってしまう。 竜の身体から水分を気化させて乾燥させ、念入りにこれを燃やした。 それが終わると、ルイズは上空から見た景色を思い出しながら、サウスゴータの方角へと歩き出した。 途中で、背中のデルフリンガーを鞘から取り出し、話しかける。 「デルフ、人間の心ってどれくらい読める?」 『心?』 「そうよ、私を吸血鬼だと見抜いたでしょう?それを利用して、シティオブサウスゴータを調査したいのよ」 『おでれーた、おめえ俺をそんなことに使う気かよ』 「そんなこととは何よ、住民を片っ端から食屍鬼にして、洗いざらい喋って貰おうかしら」 『やる気もねえのにそんな物騒なこと言うなよ』 「あんたやっぱり心読めるんじゃない」 『けっ』 「素直じゃないわね」 『そりゃオメーだよ!』 そんな二人のやりとりを笑うかのように、吸血馬がぶるるると鼻息を出した。 森の中を通ってサウスゴータまで進むには、さすがのルイズでも少し困難だった。 アルビオンは森林資源が豊富であり、管理されている森が少なからずあるからだ。 髪の毛をセンサー代わりにして周囲の風の動きを読み、人間の臭いを避けながら歩いていくと、予想したよりも時間がかかってしまった。 日付が四日目にさしかかるところで、ようやくサウスゴータの街が見えた。 「ここで待って…ごめんね、後で牛とか、オークを狩ってくるから、お腹がすいたのは我慢してね」 人里が近いこともあって、吸血馬は無言のまま、ルイズの頬にすり寄った。 ルイズは優しく吸血馬を撫でると、デルフリンガーを背負い、フードを深く被り直してから、サウスゴータへと足を進めた。 サウスゴータの街はひっそりと静まりかえっていた。 首都に比べると確かに小さいが、それにしても地方都市である以上、それなりに人の出入りがあって呵るべきだろう。 だが、窓から漏れる灯は極端に少ない、裏通りから表通りを見ても、まるで灯がともっていないのだ。 「…人の気配はある…」 一軒一軒、石造りの家に髪の毛を這わし、時には窓から中の様子を確認していく。 この街には確かに人間がいる、しかし、まるで生活の気配がしない。 昼間に来るべきだったか?と考えを巡らしていると、表通りを歩く足音が聞こえてきた。 裏通りの暗がりに隠れると、ほどなくして兵士が前を横切っていった。 「一応、見回りはされてるのね…」 裏通りから空を見上げると、細長い夜空が広がっている。 屋根の上から街を一望できれば…と考えたが、吸血鬼の脚力で跳躍すると、地面と屋根を破壊しかねない。 『レビテーション』でも使えれば、屋根の上に乗ることも可能だが、ルイズはレビテーションを成功させた覚えがない。 どうしたものかと考えた所で、ルイズは『アンロック』を思い出した。 『ロック』も『アンロック』も成功させたことはないが、よく考えてみれば、魔法で鍵を開ける必要はないのだ。 ルイズは手近な家の裏口に近寄ると、髪の毛をしゅるしゅると伸ばした。 扉の隙間から中に侵入して、気配を探る。 「…誰もいないわね」 空き家なのを確認すると、髪の毛を触手のように動かして、内側から鍵を開けた。 中に入り、扉を閉めると、ルイズはふぅとため息をついた。 「アンロックなんて使う必要ないじゃない、どうしていままで気づかなかったのかな、私」 少し身体を休めようと、ルイズは床に座り込み、デルフリンガーを床に置いた。 『なあ嬢ちゃん、この街の気配、静かすぎねえか?』 「ええ、静かすぎるわ…心当たりある?」 『無いと言えば無いけど、あると言えばある』 「どっちよ、いいから言ってみて」 『おめー、イリュージョンが使えるなら、別の虚無も使えるんじゃねーか?こんな時のためにブリミルは準備してあるはずだぜ』 デルフの言葉に、ルイズがうっ、とうなった。 「…あー…それなんだけど、始祖の祈祷書、トリステインに置いて来ちゃった」 『うわ、駄目だね、八方ふさがり。嬢ちゃん以外と迂闊だね』 「デルフ、折るわよ。…でも、始祖の祈祷書があっても無理よ、『エクスプロージョン』『ディスペルマジック』『イリュージョン』…ルーンが浮き出たのはそこまでだもの」 『他のはまだ見られねえのか?』 「記憶の操作らしき項目は見えたわ、でも、ルーンまでは浮きでなかった…あれが使えればもっと便利なんでしょうけど、今は無理よ」 そう言って、ルイズは顎に手を突いた。 これからどうすべきかと考えていると、扉の隙間から外に出していた髪の毛に、違和感を感じた。 ルイズは、すかさず地面に耳を当てて、音を探る。 すると、何か重い物を背負って歩くような、足音が伝わってきた。 『何やってんだ?』 「…男性、30代…筋肉質、背負っている物は…樽?おそらく水か…何かね」 足音は、ルイズの侵入した家からほど近い家に入っていった。 「北に四件先ね、デルフ、行くわよ」 『あいよ』 ルイズはデルフリンガーを背負うと、空き家を出て、足音の入っていった家に近づいた。 窓から光は漏れていない、が、他の家と違ってこの家は意図的に光を漏らしていないようだった。 窓から中を覗くと、カーテンの奥に木板がはめ込まれているのが見えるのだ。 壁に耳を当て、中の音を聞こうとしたが、おかしなことに何の音も聞こえてこない。 不自然なほどの静かさは、ルイズの脳裏に『サイレント』を思い起こさせた。 『サイレント』は空気の膜を作って、空気の振動を押さえる魔法だが、それを破る方法はすでに考えついている。 ルイズは前髪を一本つまむと、長くそれを引き延ばして、抜いた。 片方を扉の隙間に差し込み、反対側を自分の耳に差し込んで、内部の音を拾う。 『明日の分の水……』『このままでは……』『……メイジが足りな……』『…洗脳……』『…皇太子』『……亡命…』『…鉄仮面…』 。 「…当たりよ、大当たり」 ルイズは小声で呟いた。 髪の毛を引き戻して扉から離れ、家の周囲を見て回った。 見た感じでは平均的な一軒家、片方から攻め込まれたら逃げ道はなさそうだ。 ルイズは入り口の前に立つと、扉の隙間から髪の毛を差し込んで、扉の鍵を開けた。 「こんばんは」 がちゃり、と扉が開けられ、突然入り込んできた何者かに驚き、家の中にいた男達は慌てて席を立った。 すかさず何人かが武器を構えたが、この場の長らしき商人風の男がそれを制止した。 「よせ、お前ら」 「し、しかし…」 商人風の中年男性と、その配下らしき男が三名、計四名がルイズを見る。 ルイズは扉を閉めると、改めてフードを外して、挨拶をした。 「はじめまして。私は『石仮面』…あなた方を王党派を見込んで、相談があるのだけれど…」 ルイズの自己紹介に、男達が驚いた。 「…石仮面だって?…まさか、あんたが、ニューカッスルから巨馬に乗って脱出した『鉄仮面』なのか?」 商人風の男が、ルイズをまじまじと見た。 まだ幼さの残る顔立ちに、赤茶色の髪の毛、背中には長剣を背負うその姿が、まさに噂通りの姿だった。 「ええ、ここじゃ『鉄仮面』って噂されてるみたいだけど」 「証拠はあるのか?」 ルイズはフードの中に右手を入れて、胸の中に指を差し込んだ。 ウェールズから渡された『風のルビー』は、肋骨の裏側に隠してあるのだ。 風のルビーを見せると、張りつめていた雰囲気は一転した。 「おお…まさしく、それは風のルビー、では、ウェールズ様はご存命なのか!?」 商人風の男が、思わずルイズへと近寄る。 「風のルビーを知っているの?…でも貴方、メイジは見えないわね」 ルイズは疑問を口に出した。 風のルビーは王家に伝わる重大な宝物だが、風のルビーが宝物だと知っている人はそれほど多くない。 親衛隊レベルでなければ風のルビーなど気にも留めないはずだ。 「私は財務監督官の元で、執事として働いていた。宝物のことなら一通り頭に入っている。だが、今はしがない商人ですよ」 「財務監督官?」 ふと、ロングビルの話を思い出す。 確かロングビルの親は、財務監督官に仕えていたはずだ。 考えてみればマチルダ・オブ・サウスゴータという名前もこの土地の名前に一致する。 この男は、ロングビルのことを知っているのだろうか? 「さるお方からの手紙で貴方のことを知らされていた。風のルビーを持つ傭兵が現れたら、力になってくれと」 「…なんだ、じゃあフー…。マチルダから聞かされてたのね」 「私らで力になれるなら、いくらでも力を貸しましょう。…おいお前ら、周囲を確認しろ。石仮面さん、細かい話は奥でしましょう、新鮮な『水』もありますから」 そうして、若い男達は見張りにつき、ルイズと商人風の男は奥の部屋へと入っていった。 奥の部屋で席に着いたルイズは、樽からコップに汲まれた水を見て、首をかしげた。 「いくつか聞きたいのだけれど…まずこの町の静けさ、それと、さっき運んでた水の事」 商人風の男がルイズと向かい合うように席に座り、自分のコップに注がれた水を飲み干してから、静かに話し出した。 「水と、この街の静けさは無関係じゃありません、この街の地下には、サウスゴータの森から繋がる水脈があり、街の人間はその水を井戸からくみ上げて飲んでいます」 「井戸水?」 「ええ、私の後ろにある樽は、別の街に住んでいるメイジ様から、定期的に分けて貰ったものです。この町の水はとても飲めません」 「なるほど、心を奪う毒でも井戸に混入されたのかしらね」 「…おそらくそうでしょう。私らは毒が混入されたと思われる日、山奥から帰ってきたら誰もかれもが目がうつろでした。しかも皆貴族派に寝返っており…」 「…………毒の種類は?」 「かいもく、見当がつきません。水を分けて下さるメイジ様も、ディティクト・マジックで調べきれないと仰ってました」 『あ』 突然、デルフが声を出した。 商人風の男は驚き、ガタン、と机に脚をぶつけた。 「…!?だ、誰の声だ?」 「落ち着いて、今の声は、こいつよ」 ルイズはデルフリンガーを背中から外すと、テーブルの上に置いた。 『いやー思い出した思い出した、ブリミルもあれには苦戦したんだよなあ』 声に遭わせて、刀身がカタカタと揺れる。 その様子を見て商人風の男も驚いたのか、まじまじとデルフリンガーを見つめた。 「い、インテリジェンスソード?」 『おうよ、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ』 「いや、こいつは、また、驚きました」 男は椅子に座り直して、デルフリンガーとルイズを交互に見つめた。 「デルフ、思い出したってどういうこと?」 『ああ、心を操る先住魔法だ、『水』系統よりずっと強力な奴よ、死体だって蘇らせて、自由に操っちまうんだ。街一つぐらいの人間を操るのだって不可能じゃないぜ』 「先住魔法…!」 先住魔法と聞いて、男が驚く。 始祖ブリミルが降臨する以前から、主にエルフ達や亜人種によって使われてた魔法、それを先住魔法と呼んでいる。 貴族の用いる魔法と違い、杖を必要としない上、非常に強力だと言われているのだ。 そんなものが敵に回ったとしたら、いくらなんでも分が悪い。 だが、ルイズはそんなことを気にする様子もなく、デルフリンガーに質問した。 「エルフ?」 『いや違うね、あいつらなら回りくどい事はしねえよ、第一人間同士を争わせるなんてのは人間のやることだね』 「耳が痛いわ…水系統の秘薬、もしくはマジックアイテムの線は?」 『そこまでは判んねえ、でも、可能性はあるんじゃねーの?』 ふと、ルイズが顔を上げると、商人風の男が何かを考え込んでいた。 その様子は尋常ではない、どこか冷や汗というか、脂汗も浮かんでいた。 「………何か、心当たりでも?」 「え。い、いや…その」 男は、しばらくばつの悪そうに顔を逸らし、何かを考え込んでいたが、意を決したのかルイズに向き直った。 「…実は、一つだけ心当たりがあります。アルビオン王家にはいくつもの秘宝が伝わっていましたが、水に関する秘宝が一つだけ、あります」 「それは?」 「『アンドバリの指輪』と呼ばれるもので、先住の水の力が込められております。どんなに深い傷を負ってもたちどころに治癒してしまうとか…」 『そいつだな。強力な水の精霊の力があれば、死んだ人間だって操れらあ』 「死んだ人間だって操れる…なるほどね」 「叛徒共の首領、クロムウェルは『虚無』を操り、死者を蘇らせると聞きます。それも実はアンドバリの指輪の力だと考えれば、納得できます」 そこで会話がとぎれ、重い沈黙が、部屋を支配した。 「…これ以上は、話せない?」 ルイズの問いにも、男は答えない。 時間にして一分、しかし男にとっては一時間にも二時間にも感じられる時間。 ルイズは男の眼をじっと見つめていた、何の感情を込めるわけでもない、ただ、その行動をすべて見逃さないつもりでじっと見ていた。 言いしれぬ恐怖を感じた男は、重く閉じられていた口を、静かに開いた。 「…マチルダ様から、どの程度内情をお聞きになられましたか?」 ルイズは視線を外さずに答える。 「彼女からは、仕送りをしているとしか聞かされてないわ。ウェールズ様からは、粛正に乳母と教育係が巻き添えになったところまで聞いたけど」 「…わかりました、すべてお話ししましょう。ですがこの事は絶対に…」 「判っているわ、他言するつもりはないもの」 男は居住まいを正して、大きく息を吸い込むと、静かに語り出した。 「実は、そのアンドバリの指輪を、あるお方が所持しているのです」 「あるお方?」 「はい、大公閣下の忘れ形見、ティファニア様です」 「なるほどね…マチルダの仕送りは、その…ティファニアって人に送られてるのね?」 「今は森の奥で、小さな孤児院を開いております。私どもはマチルダ様から送られてくる金貨、物資、食料などをティファニア様に届けるため、この町に留まっているのです」 ルイズはわざとらしく考え込むような仕草をしてから、意地の悪そうに口元をゆがめ、問うた。 「その人がアンドバリの指輪を使ったとは、考えられないの?」 「そ、それは絶対にあり得ません!確かに、アンドバリの指輪を使うことはできますが、人里には降りてこられない理由があるのです」 「…どんな理由よ」 「順を追ってお話し致します。そもそもアンドバリの指輪は、国宝ではありましたが、使い道の判らぬままでした。 しかし大公閣下の奥様…公には出来ぬお方でしたが、その方が使い方をご存じだったのです。 お美しい方でした。そして、争いを好まぬお方でした…… ジェームズ一世陛下から差し向けられた衛兵の魔法に、一切抵抗することなく、魔法の凶刃に倒れたのです。 あの時、奥様の遺体にすがるティファニア様の姿は、今でも目に焼き付いております」 「どうして粛正なんかされたの?貴方の口ぶりからすると、とても国宝を横流ししたとか…そんな人には聞こえないわ」 「ジェームズ一世陛下には、国宝の横流しなどより、もっと重大な、恐るべき事として、映ったのでしょう。彼らの狙いは奥様と、一人娘のティファニア様だったのです」 「なんで一国の王様が、妾と娘を殺す必要があるのよ、王位継承権でも争ったの?」 「確かに、王位継承権の争いに巻き込まれたら、王弟であらせられる大公閣下の娘、ティファニア様の存在も白日の下に晒されてしまったでしょう」 「…わからない、判らないわ。殺してまで存在を秘匿する必要があるなんて…」 「始祖ブリミルは、ハルケギニアに降臨されましたが、エルフに聖地を奪われました。始祖ブリミルの血を色濃く継ぐ王家と、エルフとの間に子が生まれたと知られたら、一大事です」 「…………ちょっと待って。今、なんて?」 「大公閣下の奥様は…その、エルフ…でございました、つまり、大公閣下の遺児、ティファニア様は…」 「………」 「………」 『…おでれーた』 沈黙の流れる一室に、デルフリンガーの声が、小さく響いた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/ws_wiki/pages/5614.html
ZM/WE13-26 カード名:無意識の力 ルイズ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:2 コスト:1 トリガー:1 パワー:7500 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《虚無》? 【自】このカードが手札から舞台に置かれた時、あなたの山札が5枚以下なら、あなたは自分の控え室の、《使い魔》?か《虚無》?のキャラを1枚まで選び、手札に戻し、自分の控え室のカードすべてを山札に戻す。その山札をシャッフルする。 【自】チェンジ[① 手札を1枚控え室に置き、このカードを控え室に置く]あなたのアンコールステップの始めに、このカードがレストしているなら、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは自分の控え室の「相思相愛 ルイズ」を1枚選び、このカードがいた枠に置く。 シエスタ「ミ……ミス、ヴァリエール?」 レアリティ:R 12/04/25 今日のカード。 擬似リフレッシュとレベル3へのチェンジを持つカード。最強の擬似リフレッシュキャラとの呼び声も高い。 擬似リフレッシュに関してはタイトル内には強力な集中?が多いためさほど問題にならず、回収対象が《使い魔》?か《虚無》?に限定されている事についても同タイトル内に多数存在している特徴であるため、ネオスタン構築では困ることはないだろう。 控え室を空にする擬似リフレッシュと控え室の対応カードを舞台に登場させるチェンジは一見すると噛み合わないが、チェンジコストで自身の手札を控え室に置ける点に注目。一つ目の能力でチェンジ先の相思相愛 ルイズを回収しておけば確実にチェンジ可能である。 既に手札にチェンジ先がいるならば、状況に応じて回収対象を変更して柔軟に立ち回ることもできる。無制限だった時代はほぼ確実に貴族の務め ルイズが回収されていた。 リフレッシュポイントを擬似リフレッシュによって回避し、そのターンのアンコールフェイズにチェンジすれば手札とストック2枚で2クロック分の回復をしている事を考えると制限されるのも納得できる。 発売からネオスタンダード制限入りの日数は105日という記録はかの一つ屋根の下 美琴&黒子をも上回る最短記録である。(事実上印刷ミスにより制限入り封印された拳 アクション仮面を除く) ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 相思相愛 ルイズ 3/2 10000/2/1 赤 チェンジ先
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1793.html
トリステインの城下町、ブルドンネ街では、タルブ戦の戦勝記念パレードが行われていた。 聖獣ユニコーンが先頭をゆく馬車を引いており、その馬車にはアンリエッタが乗っていた。 王女の馬車に続き、戦争に参加した高名な貴族達の馬車がゆっくりと後を追う、その周囲には魔法衛士隊が警護を務めており、華やかさと凛々しさを備えた見事なパレードとなっていた。 「アンリエッタ王女万歳!」「トリステイン万歳!」「ウェールズ王子万歳!」 観衆の熱狂もすさまじく、通りに面した建物の中から外から、パレードに向けて歓声が投げかけられていた。 この戦いでアルビオンの巨艦『レキシントン』を打ち破ったのが、アンリエッタとウェールズの魔法であることは既に知られている。 優れたるトリステインのメイジ達は、数で勝るアルビオンの軍を押しのけ、その上戦艦を落とすほどの魔法を放ったと噂が流れていた。 その噂は半分が正解で、半分が嘘だ。 だが、圧倒的に不利な戦争を勝利したという事実が、その噂に信憑性を与えていた。 いつの間にかアンリエッタへの人気は、貴族平民を問わず高まり、聖女とまで呼ばれるようになっていた。 マザリーニはここぞとばかりに、トリステインに亡命していたウェールズの存在を明らかにした。 『王家にのみ伝わる始祖ブリミルの大魔法』により、アンリエッタとウェールズがトリステインを勝利に導いた、と。 神聖アルビオン帝国の卑怯なだまし討ちを流布した上で、一日か二日遅れてウェールズとアンリエッタの噂を流す。 少々英雄譚じみた噂は予想以上に効果があり、世論はウェールズに同情的、かつアンリエッタとの結婚を望む声が大きくなっていた。 戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタは戴冠式を受けることが決定している。 アンリエッタの母である太后マリアンヌより王冠を受け渡され、晴れてアンリエッタは王女から女王になるのだ。 マザリーニ枢機卿を筆頭にして、主立った貴族達は皆これに賛同しており、隣国ゲルマニアへの牽制も兼ねて反対する者は皆無であった。 ゲルマニアとの軍事同盟を保ちつつ、ゲルマニア皇帝とアンリエッタとの婚約を破棄するために、少しでもアンリエッタの立場を高めておく意図もあった。 アルビオンの空軍がどれほど強大かはゲルマニアもよく知っているし、その矛先が自分たちにも向けられているのも知っている。 それをトリステインは一国で退けたのだから、ゲルマニアにとってトリステインとの軍事同盟は無くてはならぬものなのだ。 馬車の中から手を振るアンリエッタの笑顔は、大きな戦に勝ったというのに、決して浮かれてはいなかった。 凛々しく、そしてどこか慈しむような眼で、観衆に向かって手を振っていた。 ゲルマニア皇帝との婚約は解消される予定であり、いずれはウェールズ皇太子と結婚し、二人の恋は結ばれようとしているのに、アンリエッタの笑顔にはほんの少しの陰りがあった。 ブルドンネ街の中央広場には、何人かの衛士に護衛され、監視されている者達がいた。 彼らは捕虜となったアルビオンの貴族達だが、貴族である以上はそれなりの待遇がある、彼らは杖を取り上げられ、監視されながら捕虜として過ごしていた。 だまし討ちという不名誉極まりない戦い方をしたアルビオンの軍人だが、軍人としての職務を全うするために行った戦法であり、彼ら自身には責任はないと判断されている。 そのため、檻に入れられるわけでもなく、トリステインの城下町であれば監視付きで自由に行動できるのだ。 もし彼らが逃げ出そうものなら、逃げ出した者達は貴族の名誉も、家名も地に落ちてしまう。 誇りを重んじる彼らにとって、それが死に等しい行為であると自覚している。 だからこそ、彼らは決して逃げ出そうともせずパレードを見つめてていた。 「ああ」 捕虜の一団の中から、精悍な顔立ちの男が「おお!」と声を上げた。 アンリエッタの乗る馬車の後ろ…ウェールズ皇太子の乗る馬車を見つけたのだ。 声を上げた男は、アルビオンの戦艦に乗り数々の武勲を立てた男であり、雲の海を戦場としていた男であった。 名をサー・ヘンリー・ボーウッド。彼は隣にいる一人の貴族を肘で小突きつつ、話しかけた。 「ホレイショ、ぼくたちを負かした『聖女』と、殿下のお通りだ」 ホレイショと呼ばれた貴族は、肥えた体を揺らしながら右手を自分のおでこにあて、困ったような仕草をしつつ答えた。 「いや、まったく見事なものだ、ときにお二人は結婚されるのだろうかね。ボーウッド、君はどう思う?」 二人は、戦艦の上で軍人として職務に就いている時とは別人に見えるほど、砕けた雰囲気で会話をしていた。 「皮肉なものだ、王党派に弓を引いた僕が、今はトリステインでウェールズ皇太子が結婚されるのを楽しみにしている、本当に皮肉なものだ」 「やはり君もお二人の結婚が楽しみなのか」 「ああ」 ボーウッドは職務に忠実な軍人であり、心情的には王党派であった。 軍人である以上、上官が貴族派であっても逆らうことはできない。 レキシントンの後甲板から指示を下したとき、何の迷いもなくトリステインに砲撃を加えていた。 だが、それでも心の何処かで、彼自身、王党派としての心情と、貴族派の軍人としての職務の矛盾に苦しんでいたのかもしれない。 捕虜になった今だからこそ、二人の結婚を祝福できる。 ホレイショにしても、他の捕虜達にしてもその心情は同じだったようで、アンリエッタとウェールズ皇太子の馬車を見つめては、安堵ため息をついていた。 「それにしてもだね、少し浮かれすぎではないかとも思うのだよ。いくら我々に勝利したとはいえ戦争が終わったわけではない。それに女王の即位など前例のないことを…」 ホレイショの言葉を聞いて、ボーウッドは笑みを浮かべた。 「ホレイショ、きみは歴史を勉強すべきだよ。かつてガリアで一例、トリステインでは二例、女王の即位があったはずだ」 ボーウッドの言葉を聞いて、ホレイショはオーバーなしぐさで頭をかいた。 「歴史か、なるほど。だとすれば僕たちは歴史の一ページになれたかね?」 「数で勝る僕たちに勝利したのだから、歴史に刻まれぬはずはないだろう。それに、王家に伝わる巨大な魔法、あの謎の騎士、すべて驚くべき事づくめだ」 ホレイショは体の贅肉をゆらしてハハハと笑った後、ボーウッドの肩に手を乗せた。 「王家の魔法を直々に受けた僕らは、これを名誉なことと誇るべきかね!いや、負け惜しみではなく本当に名誉だと僕は思うのだ。その上、あのいけすかぬクロムウェル!」 ボーウッドはクロムウェルと聞いて、複雑そうな表情をした。 「クロムウェルが計画した、船を落として民草ごと焼き尽くす作戦を、あの光が!すべて消し飛ばした!驚いたね!」 それに気づいたのか気づかないのか、ホレイショは興奮したまましゃべり続けた。 ボーウッドは頷いた。 ラ・ロシェール上空に現れた光の玉が、瞬く間に巨大にふくれあがり、ラ・ロシェールに向けて落ちようとしていた輸送船を跡形もなく消滅させてしまったのだ。 驚くべきことに、その光は誰一人として殺さなかった、輸送船から脱出挺で避難した者達も、空を飛ぶ兵士達も、地上に落ちた我々も、誰一人として殺さなかった。 未だ健在だった戦艦に対しても、風石を焼き尽くしただけで、人間への直接的な影響はなかった。 光の津波はクロムウェルの発案した『悪あがき』のみを消滅させたのだ。 既に高度を下げていた艦隊は、巨大な竜巻と巨大な光の本流を受けて、戦意を失った…いや、正確には、見とれてしまっていたのかもしれない。 地上部隊もそれに見とれて戦意を喪失してしまったのか、戦いは止んでしまっていた。 ボーウッドは知らぬことだが、あの光の本流は地上部隊の指揮官クラスに埋め込まれた『ルイズの肉片』を焼き尽くし、戦意を喪失させていたのだ。 それは本当の意味で奇跡だったのかもしれない、なぜなら、本体を失った肉片がその後どうなるか……まだ、ルイズにすらはっきりとは分かっていないのだから。 ボーウッドは軍人としての自分を思い出した。 忠実に、確実にアルビオンが勝利できる戦法を考えたはずだ、いわば全力を出し切って、そして負けた。 クロムウェルに荷担したとして斬首されてもおかしくはない、それでも、トリステインの奇跡に賞賛を送らずには居られなかった。 「奇跡の光だね。まったく、あんな魔法は見たこともきいたこともない。いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ!」 ボーウッドは自分の声が少し大きすぎるかと思ったが、周りはパレードでもっとやかましい。 こんな時でも声の大きさを気にしている自分が逆に恥ずかしくて、隣に立つホレイショに気づかれぬよう、顔を少し伏せて笑った。 ふと、顔を上げると、ハルバードを持ったトリステインの兵士が目に入った、捕虜の一団を監視し、警護する役目を負った者だ。 「きみ。そうだ、きみ」 兵士は怪訝な顔をしたが、すぐにボーウッドに近寄る。 「お呼びでしょうか? 閣下」 兵士は丁寧な物腰でボーウッドの言葉を待った、捕虜であっても貴族には相応の礼儀を尽くすべく教育されているのだ。 「ぼくの部下たちは不自由していないかね。食わせるものは食わせてくれているかね?」 ボーウッドの質問に、兵士は直立不動のまま答えた。 兵士の話によると、捕虜となったアルビオンの兵士達は一カ所に集められ、トリステイン軍への志願者を募っているらしい。 そうでない者は強制労働が課されるが、戦勝の勢いとウェールズ皇太子の存在に押され、ほとんどの者達が志願する予定だそうだ。 捕虜にも、強制労働を受ける者にも、決して餓えさせることはありませんと力強く答える兵士に、ボーウッドは苦笑を浮かべた。 ボーウッドはおもむろにポケットから金貨を取り出すと、兵士にそれを渡した。 「これで勝利を祝して、一杯やりたまえ」 兵士は姿勢を正してから、にやっと笑って言った。 「おそれながら、閣下のご健康のために、一杯いただくことにいたしましょう」 立ち去っていく兵士を見つめながら、ボーウッドはどこか晴れ晴れとした気持ちで呟いた。 「ホレイショ、もし、この忌々しい戦が終わって、国に帰れたらどうする?」 「もう軍人は廃業するよ。なんなら杖を捨てたってかまわない。あんな魔法を体験してしまった後ではね」 ボーウッドは大声で笑い出した。 「気が合うな! ぼくも同じ気持ちだよ!」 ボーウッドとホレイショが笑いあっている影で、一人の捕虜がつぶやいた。 「あの『騎士』は、いったい何なのだ?」 その呟きは、パレードにかき消されるように消えていった。 時間は移り、夜、トリステインの王宮。 久しぶりに屈託のない笑みを見せ、パレードに参加していたマザリーニも、執務室ではいつもの厳しい表情に戻る。 幾人かの従者に指示を飛ばしつつ、先ほど急使によって届いた書状を確認する。 ゲルマニアから届けられた書状には、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約を解消する旨が書かれていた。 軍事同盟は維持することになったが、以前とは違い、ゲルマニア側はトリステインを下手に見ることができなくなっていた。 マザリーニは休憩すると言って従者を下がらせると、大きくため息をついて天井を見上げ、た。 「石仮面殿は、どこにおられるやら」 椅子から立ち上がり、窓から外を見ると、警護のマンティコアが月明かりに照らされているのが見えた。 城下町の方角が、普段よりも明るそうに見えているのは、決して気のせいではないだろう。 少なくともあと三日はお祭りのような雰囲気が続くと予想できた、その間城下町を警備する衛士が苦労する。 お祭りの雰囲気に乗じて、間者が城下町に入り込むことも考えられる、マザリーニは情報収集を得意とするアニエスのつてで、城下町を探らせようと考えていた。 ところでそのアニエスがまだ帰ってこない。 彼女は、予定の時刻になっても『石仮面』が帰還しないので、タルブ村周辺で痕跡を探している。 タルブ戦から数日が過ぎようとしていたが、未だになんの手がかりもないというのはおかしい。 人間を遙かに超える吸血鬼の力、それを持ってしても、アルビオンの軍隊に立ち向かうのは容易なことではない。 万が一、『石仮面』が…いや、ルイズが死んでしまったら、アンリエッタ姫は一生それを気に病んでしまうだろう。 アンリエッタが女王となれば、今までマザリーニが担ってきた内政と外交、二つの重石が軽くなると思い喜んでいた。 その二つをアンリエッタにまかせ、自分は相談役として退き、補佐に努めようと思っていた。 しかし、このままではアンリエッタ姫が救われない、友達を戦場に行かせて死なせたとして自責の念に囚われてしまうかもしれない。 もし、ウェールズ皇太子がアルビオン奪還を計画し、戦争を推し進めようとしたら、アンリエッタはルイズの敵を討とうと躍起になるだろう。 それでは駄目だ。 マザリーニは、権力と財力を知っている。 知っているからこそ、権力でも、財力でも思い通りにならない事ばかりが起こるのだと、人生にあきらめを感じている。 アンリエッタは、ウェールズは、暗君となるのであろうか、それとも『聖女』と称えられる名君になるのであろうか? マザリーニは月を見上げ、眼を細めた。 コンコン、とノックの音が聞こえる。 「アニエスが帰還しました」 扉の外で待つ侍従に、マザリーニは間髪入れずに答えた。 「すぐに、ここへ」 アンリエッタはウェールズと共に、人気のない会議室へと向かっていた。 パレードで見せていた笑顔はどこへいってしまったのか、アンリエッタは今にも泣き出しそうな表情をしている。 ウェールズはアンリエッタを支えるように、その傍らを歩いていた。 会議室にはすでにマザリーニと、アニエスがいて、二人の到着を待っていた。 ウェールズとアンリエッタが会議室に入ると、アニエスが鍵を閉め、ウェールズがディティクト・マジックで室内を調査する。 すると、机の上に置かれたものに、何か妙なものを感じた。 見てみるとそれはルイズの使っていた大剣に酷似しており、9割ほど鞘に納められていた。 「…? これは、彼女が使っていた剣か」 「剣?剣だけですの?アニエス、ルイズは、ルイズはどうしたの!?」 アンリエッタの辛そうな声に、痛ましさを感じつつ、ウェールズはサイレントの魔法で会議室の中を包み込んだ。 それを確認してから、下座からアニエスが報告を始める。 「報告致します、本日正午………」 アニエスの報告は、ルイズの捜索に関することから始まった。 タルブ村周辺、ラ・ロシェール周辺、東西南北の森、草原、等の地域ではルイズの痕跡は一つしか見つからなかった。 唯一の手がかりは、ルイズの使っていた剣であり、アニエスが預かっていた鞘と完全に一致した。 タルブ村とラ・ロシェールでは臨時の野戦病院が設置されており、魔法学院から派遣された治癒のメイジ二人と、そのお目付役にも話を聞いたが、ルイズの姿を見た者はいなかった。 「ルイズ…わたし、わたし、ルイズを…死なせて…」 「よすんだ、アンリエッタ」 報告を聴いたアンリエッタは、泣き崩れそうになったが、ウェールズが凛とした姿勢でそれを咎めた。 「でも…」 「まだ死んだとは決まっていない。それに、君が悲しむのは彼女にとっても不本意のはずだ」 『かっこいいこと言うねー』 「「!!?」」 突如聞こえてきた声に、アンリエッタとウェールズが驚いた。 マザリーニはアニエスに命じて、デルフリンガーを鞘から抜き出すと机の上に置き、白銀色の刀身を見せた。 『あー、そっちの王子様にも言ってなかったっけ、俺はデルフリンガー、嬢ちゃんの相棒さ』 「インテリジェンスソード?」 アンリエッタが呟く、ウェールズは呆気にとられたのか、眼をぱちくりさせてデルフリンガーを見つめていた。 頃合いを見計らってアニエスの報告が再開される。 魔法学院の学院長秘書である『ミス・ロングビル』が、デルフリンガーに偶然呼び止められ、デルフリンガーから王宮に届けるよう頼まれた。 それを偶然アニエスが発見し、馬を飛ばして王宮へとデルフリンガーを持ち帰って…この場合は連れて帰ってきたのだ。 インテリジェンスソードには特殊な魔法がかけられているので、最初はデルフを訝しんでいたが、アニエスが預かった鞘にピッタリと収まったので、ルイズの使っていた剣だと証明されたのだ。 『いやー、あの光を使ったのはいいんだけどさ、嬢ちゃんものすごく慌ててたんだよね。そのせいで自分まで余波を食らっちまったんだ』 「それで、ルイズは、彼女は無事なのですか?」 テーブルの上に身を乗り出すようにして、アンリエッタが問いかける。 『無事だと思うぜ、それに一応、嬢ちゃんは死んだことになってるから、人目を避けて帰ってくるって言ってたしなあ、時間がかかるのは仕方ないんじゃねーか』 「そうですか…」 ようやくアンリエッタは安堵したのか、大きくため息をついて、席に座った。 「デルフリンガー殿でしたな、貴殿は王宮で預かることになりますが」 マザリーニはちらりとアニエスを見やりながら言った、すると、デルフもそれを察したのか、カチャカチャと鍔をならしつつ答えた。 『待ってるだけじゃ退屈だな、アニエスの嬢ちゃん、俺を使わねーか?』 「私が? 武器に使ってくれと言われるのは光栄だが、私には大きすぎる」 『石仮面の嬢ちゃんが見つかるまでの間さ、それに俺なら系統魔法を吸い込めるし、ちょっと役立てるかもしれね』 「系統魔法を吸い込むだって?」 ウェールズが驚いて声を上げる、他の三人も驚きこそしたが、声は出さなかった。 マザリーニはアニエスから視線をはずし、デルフリンガーを見た。 「ニューカッスルから脱出した騎士、タルブ戦で活躍した騎士の噂を利用しましょう。デルフリンガー殿と似た大きさの剣を大量に作らせます」 『なるほど、『騎士』にあこがれる傭兵達にそれを配るって寸法か』 「確かに、それならアニエスがデルフリンガーを持っていても、その他大勢の一人として片づけられるか」 マザリーニの発案にウェールズが感心した。 「では、アニエス、デルフリンガーさんと協力して引き続きルイズを探して頂きますわ。」 アニエスは杖の代わりに手のひらを掲げて、「御意」とだけ呟いた。 「それとですな」 会議が一段落付いたところで、マザリーニが口を開いた。 「デルフリンガー殿を見つけた、ミス・ロングビルですが……アニエスの報告では、貴族の立場を追われたメイジだとか」 マザリーニが視線をアニエスに向けると、アニエスは首を軽く縦に振りつつ、まぶたを軽く閉じて目礼した。 それを見たマザリーニは、上着のポケットから一通の報告書を取り出した。 「以前オールド・オスマンからシュヴァリエの爵位申請があって、内偵をしました。ロングビルは偽名です。マチルダ・オブ・サウスゴータ。それが彼女の本名のようですが…」 デルフリンガーは内心でギョッとしたが、彼には顔がない。 その動揺は悟られることはなかった。 だが、その代わりに、ウェールズ皇太子の目が驚きに見開かれていた。 薄暗い空間の中でワルドは目を覚ました。 自分の置かれている状況が分からず、とにかく起き上がってあたりを見回そうとしたが、体に走る痛みに顔をしかめた。 ここはいったいどこだろう? 自分は確か……。石仮面と戦って、ルイズが… 痛みにもかまわずガバッと起きあがり、辺りを見回した。 隙間のある板張りの壁と、申し訳程度のテーブルが置かれているだけの粗末な小屋。 机の上には、いつも首から下げていたペンダントが置いてあった、ワルドは痛む足を引きずりつつ立ち上がると、ペンダントを握りしめ、切り株で作られた椅子に座った。 「目を覚ましたのね」 「 あ、ああ」 小屋の入り口から声がした、振り向いてみると、そこには粗末な布で股間と胸を覆ったルイズが立っていた。 小脇に抱えた薪を、ぶちりぶちりとむしって、壁際に置かれた土製のかまどに投げ入れる。 すると火はすぐに勢いを増し、ほだ火の臭いが部屋の中に充満していった。 「何から、話そうかしら」 「……………」 ルイズの言葉に、ワルドは何も答えられなかった。 何を聴けばいいのか、そもそも、目の前にいる少女は本当にルイズなのだろうか。 胸と股間に粗末な布を巻き付け、髪の毛を蔓草か何かでアップにしたルイズの姿は、とても貴族とは思えない。 だが、確かに彼女はルイズだと、ワルドの本能が告げているような気がして、目を離すことができなかった。 それに彼女は自分を今すぐにでも殺せる、昨日、オーク鬼を殺したように… 「…! うえっ」 首だけになったルイズを思い出し、ワルドの体が震えた。 死体など見慣れているはずのワルドだったが、首だけになっても死なぬ化け物を見てしまったからだろうか、激しい嘔吐感に襲われた。 だが、内臓が痙攣するだけで、胃液の一滴すら出てこなかった。 「大丈夫?」 顔を上げると、ルイズが心配そうにワルドの顔を見ていた。 不思議と、嘔吐感が止まった。 差しだそうとしたルイズの手が中途半端なところで止まっている、ワルドはルイズの手を取ると、その感触を確かめた。 「…ルイズ、君は、どうして…いや、まさか、クロムウェルの言っていた『虚無』の力なのか? ルイズ、君は」 ルイズは、ワルドの言わんとしていることを何となく理解した。 「クロムウェルの力は虚無じゃないわ、あれは先住魔法の込められたマジックアイテム、『アンドバリの指輪』の力よ」 「先住魔法…指輪…」 「心当たり、あるの?」 ルイズは先ほどまでワルドが寝ていた藁束のベッドの上に座ると、自分の膝に肘をついた。 「君は、暖かい」 ワルドはそう言いながら、先ほどルイズの手を握った両手を見つめる。 「だが、クロムウェルが生き返らせた人間は、皆冷たかった」 「かりそめの命なのね……」 「………」 しばらく、沈黙が流れた。 小屋の壁は木板で作られており、その隙間から月明かりが見える。 ぼんやりとそれを見つめながら、ルイズは自分でもよく分からない感情に浸っていた。 このまま時が止まれば… 「僕は」 ワルドの呟きで、意識が現実に引き戻される。 ルイズは視線を合わせることもなく、じっと黙って、ワルドの言葉を聞いた。 「母は自殺するような人じゃない。そう思って、母の死が自殺だったのか、あらゆる手を尽くして調べた。でも結果は自殺だった、遺書も残っていたんだ」 ワルドの母は、ワルドを高等法院で働かせようと思っていたそうだ。 だが、意外にもワルドは魔法衛士隊として抜擢された。 ワルドは優秀だったが、それでも百人に一人の逸材扱いだった。 魔法衛士隊として王族の身辺警護を務めるには、それ以上の逸材でなければならない。 ワルドの母は、ワルドを高等法院に行かせようとしていたが、ワルドはそれを断り、魔法衛士としての一歩を踏み出した。 そのとき、ワルドの母は遺書を残して自殺したらしい。 ワルドの母が埋葬されるときには、高等法院のリッシュモンが参列した。 「君は高等法院で埋もれるような人材ではない。母の名誉のため頑張りなさい」と言ってくれたリッシュモンに、当時のワルドは感激を覚えた。 それからというもの、一心不乱に任務に務めたが…政治に近づけば近づくほど、トリステインの腐敗が目に付く。 母の守ろうとしていた名誉はこんなものではない、そんな思いがワルドの心に生まれていた。 レコン・キスタの誘いを受けた理由は、クロムウェルが死者を蘇らせると聴いたからだ。 ワルドは二重スパイのつもりでクロムウェルに接近したが、母を蘇らせるという思いが日に日に強くなり…そして、トリステインからの離反を決意した。 そのすぐ後に、ルイズが死んだと聞かされたのだ。 「もう涙など、忘れたと思っていたよ」 そう言ってワルドははにかんだ。 心の内をすべて吐露して、安堵したのだろうか。 つられて、ルイズの表情も少しだけ柔らかくなった。 「ねえ、ワルド、貴方『なぜ始祖ブリミルは残酷な運命を課したのか』って言ってたわよね。私もそう思うの」 そうして、ルイズも自らの身に起こった出来事を話し始めた。 サモン・サーヴァントで現れた石の仮面、吸血鬼化、死の偽装。 傭兵との出会い、運命に導かれるようにニューカッスルへ。 ワルドとの再会を経て、貴族派の包囲を脱出し、ウェールズを連れてトリステインへ。 そこでようやく、ルイズは自分の魔法がどの系統なのかを知った。 「笑っちゃうわよ、私……ようやく自分の系統がなんなのか知ったのに、もう家族にも、ツェルプストーにも自慢できないのよ」 「虚無か…」 「何よ、しんじてくれないの?」 「信じるよ、あのようなものを見せられてはね」 ルイズの投げた肩当てが命中し、ワルドは風竜の上から落とされた。 だが、かろうじて杖を手放さなかったおかげで、ワルドは『レビテーション』を唱えることができた。 落下の速度は殺しきれなかった上、着地の衝撃で杖が砕けてしまったが、ワルドは何とか意識を保つことが出来たのだ。 「あの光…君が子供の頃から、ずっと魔法を失敗していたのは、失敗じゃなかったんだ。すべては虚無に引き寄せられていた」 「虚無なんて皆伝説だと思っているから、失敗するたびに家庭教師が姉と比較して私を責めたわ…ワルド様が私をかばって下さったの、よく覚えているわ」 ワルドは返事をせずにきょとんとした顔でルイズを見ていた。 少しの間をおいて、顔を俯かせると、ワルドは小声で呟いた。 「ワルド様…か、僕はもう、ただの裏切り者だよ」 握りしめたペンダントの感触を確かめつつ、ワルドは言葉を続けた。 「ルイズ、僕は君に捕らえられて良かったのかもしれない。君は僕なんかよりもずっと誇り高い。僕はもう貴族には戻れない……僕は、裏切り者としておとなしく処刑されることにしよう」 「……そう」 ルイズは、何を言っていいのか分からなかった。 何年も前に捨てられた村の、壊れかけた小屋の中で、ワルドと二人。 ニューカッスル城でジェームズ一世をはじめとする王党派を何人も殺し、ウェールズをも殺そうとしたワルド。 ブルリンを殺そうとしたワルド。 裏切り者のワルド。 憎い敵のはずなのに、なぜかワルドを恨みきれない。 それを考えると、ふと、自分は政治に向いていないなと気づき、自嘲気味になる。 人を甘やかすことは簡単だ、人を甘やかして、自分を見てもらえる、それだけで自尊心は満たされる。 だが、罰することは難しい、その肩に掛かる責任の重さから逃げたいと、心底から思った。 「ねえ、ワルド、あなた望みはある?」 「望み?」 「十中八九、あなたは処刑されるわ。その前に一つ、私に出来ることなら」 ワルドは、ぶるっ、と身震いさせた。 おそるおそる、手の中に収まっていたペンダントを、ルイズに渡す。 ペンダントの蓋は開かれ、中には一人の女性の絵が描かれていた、ルイズはその人がワルドの母であるとすぐに気づき、ペンダントを返した。 「もう一度、母に会いたいんだ」 「……いいわよ」 食屍鬼は作らない。 その約束を驚くほど簡単に破る自分に、ルイズは不思議な満足感を感じた。 身も心も吸血鬼になってしまったのだと、今更になって再確認した。 そして二人は、翌日の夕方になるまで、藁束のベッドで抱き合って眠た。 甘えたくても甘えられないルイズの心情を察したのか、ワルドは服を着たままルイズを抱きしめ、時々、頭を撫でた。 それでもルイズの心は満たされない。 『神の左手 ガンダールヴ』 オルゴールから聞こえてきた一節が、ルイズの頭の中でいつまでも響いていた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ